071209_0943~01.jpg
最近よく川沿いの道を歩いている。
ちゃんとはやあるきで。
手足を交互に出す単調作業。
クリアになるよ。

昨日はえみちゃんに会った。

えみちゃんは武蔵野美術大学の一年生である。
でも、年はわたしと一緒。
中学校からの友達。
妹同士も仲がよい。つながりが濃い。(わたしは勝手にそう思っている)

いろんな感覚がずれていた。
なんだか時間がかかる。取り戻せないことの多さには、会ってみないとにきづかない。中学校のときは一緒に画用紙で漫画の目を作ってそれを目の上にはって、リアル少女漫画ーって言ってそれで生活したり、コートを思い切り逆立ててどっちの方が強そうな威嚇ポーズ出来るか考えたりしていた。そんな友達。えみちゃん。

えみちゃんの友達の美大のこたちもえみちゃんも、ほがらかだった。
目下の目標は着ぐるみを着てみんなでくだらないビデオを撮ることらしい。そのために3万円の着ぐるみと5万円のビデオカメラが欲しいんだって。高いよ!ってわたしが言ったら 安いよ!着ぐるみがあればなんでもできるよ!何しても許されるよ!って言われてしまった。真剣にそうやって話すえみちゃんとえみちゃんのお友達たちが好き。わたしも混ぜて。

えみちゃんは本当に優しい。
今、えみちゃんのおうちには粟ちゃんというこれまた保育園からの友達が居候しているのだけれど、二人がうまくやっていけてるのは、えみちゃんの介入しすぎないけれどきちんと見守ってくれる優しさがあるからだと思う。わたしは介入しすぎるのに、放置するから真逆だなぁと思った。そしてそれって人として最低。
それは誕生日にもあらわれていて、えみちゃんの誕生日には21時ごろから2時ごろまで友達が何人も家を訪ねてきてくれて、朝までホールケーキとお菓子とお酒で、みんなで盛大にお誕生日をお祝いしたらしいけれど、わたしはと言いますと、まず、人を家にあげること事態おっくうなネクラであり、誕生日は非常に残念な感じでして、しょうじじゃないけれど、人としての薄さを感じました。ぺらぺら人間よね。やはり。

いかんせん自分の内側に興味があり、えみちゃんには「なっちゃんは、余裕がないよね」と言われる始末。あと、「なっちゃんはメールかえってこなくても、もうあきらめた」とも言われた。
答えようがないです。
自分の波であっぷあっぷでいっぱいおっぱいです。

えみちゃんとわたしの違いは、外向的な変態か
内向的な変態かということ。

もちろんわたしは後者です。