一生懸命書いた一回目が消えちまってうぐぐぐぐぐ


こういうときのうぐぐぐぐってのは、誰にもぶつけられないから嫌だよう。

人のせいにすることがうまいので、さらにどうしようもなくて、嫌だよう。

うううううぐぐ





忘れられない景色がある。


忘れられない、というより、もう、わたしの一部になっているんだろう。

鉛筆を動かす手をはたと止めた瞬間に、

横断歩道を渡る前に、

今日は満月かな、って月を見上げたその数秒の間に、

いろんなモノの間を通り抜けて

ゆらりと顔を見せてくるにくい景色だ。



それは、世界のどこかで不幸なことがおこっているという事実を

うまくごまかしてくれている、いつもの、東京の、日曜日の

浅草花やしきの真ん中あたりで

開きかけの花が、ふわりと落ちてきているような形をした薄い色の乗り物を

にらみつけているわたし、と、隣にいた人の後ろ姿。

目の前にあるその乗り物は、やる気なさそうにゆらゆらと上がったり下がったりしていた。


わたしの中では、その乗り物は

薄い黄色とピンクと白で塗りこめられていて

前面には小人のようなキャラクターが描かれていたものだった。

ペンキが少しはげかけていて、ゆるいテンポで流れる音楽が後ろにあった。


最近、本物を見る機会があったので、ゆっくりとその乗り物を見たのだが、

それは、全く、わたしの頭の中のそれらとは違うものだった。



現実とは遠い場所で、何度も何度も上がったり下がったりしてしまったせいで、

いつの間にかそれらは、本物とは違うわたしだけの乗り物になってしまっていた。


いつもそうなんだ。

こうやって

記憶の中で自分に都合のいいところだけを大きくして

過大解釈してしまうんだ。いつもそうなんだ。


人にも、ものにも、ぐるりと周りにも、自分の記憶の中にだって、

永遠なんかあるわけないんだね。

だから、わたしは、変わらずそこにあり続ける音や言葉や映像に安心する。

もし何十年後か、わたしが今のわたしとかけ離れた場所にいたって、

それらはずっとそれらであり続けてくれているんだもの。

わたしは、安心する。