匿名さんが、「旧正心法語」というものを書かれていた。
私は初めて目にするもので、とても興味深かった。
読んでいて、言霊の力を感じる。
初期のこんな教典が没になったのは惜しいことだ。
これらの言葉は
送り主が本当に伊邪那岐大神やモーセであるかは別として、
たしかに天上界からのインスピレーションではなかったかと感じる。
以下、引用させていただく。
逆境を転ずる祈り 伊邪那岐大神
正しく清く生きたれど
人生にしばし逆境の時節あり
逆境の時こそ われに力あり
逆境の時こそ われに勇気あり
逆境の時こそ われに光あり
われ逆境を転ずるなり
過去の偉人も聖人も
逆境なくして 輝きなく
逆境なくして 偉業なし
われ逆境をはね返し
鋼(はがね)の如くはね返し
光の塔を打(う)ち建てん
青史に名前を止め置かん
逆境はこれ潮(うしお)なり
潮ありてこそ船旅も
勇気とロマンの旅となる
航跡の真白き跡も鮮やかなり
逆境はこれ荒波なり
磯の大岩そそり立ち
荒波とこそ戯れん
われ逆境と闘うより
むしろ逆境とこそ戯れん
逆境はこれ愉(たの)しきかな
逆境はこれ役立つかな
水の抵抗ありてこそ
泳者の筋肉うなるなり
山に傾斜のありてこそ
山男には誇りあり
ああ われ今 真に悟るなり
人生に真の逆境はなきことを
逆境と見えしはこれただ目の錯覚
観世音菩薩の方便なり
逆境を転ぜんとこそ決意せば
そこにはもはや逆境なく
ただ大調和 大団円
光の天使が取り巻きて
祝福の歌 歌うなり
神の世界に 誉れあれ
真の勇者に 栄光あれ
ただこれ光に感謝あれ
心の言葉 モーゼ
『モーゼの訓え』
一 人のこの世に生まれしは
神の子として生きるため
汝ら心を一つにして
神の教えを広めなさい
二 人のこの世に生まれしは
正しき道を 歩むため
正しき道とは 反省と
祈りの道と悟るべし
三 人のこの世に生まれしは
愛ある日々を送るため
愛はこの世の力なり
しかして神の生命なり
四 人のこの世に生まれしは
日々の進歩を目指すため
魂の喜ぶものは ひたすらに
徳ある日々を送ること
五 人のこの世に生まれしは
地上天国 創るため
己が心に天国を
創ることより始むべし
六 神の心にかなうには
まず悪を捨て 善を取り
善のみ真理と悟ること
善のみ力と悟ること
七 神の心にかなうには
男女の道を正しくせよ
男女は共に相助け
調和を目指し進むべし
八 神の心にかなうには
三世の道を旨とせよ
人間に 過去世・現世・来世あり
作用があれば反作用
原因あれば結果あり
九 神の心にかなうには
中道をこそ旨とせよ
極端な思いを避けて
合掌す
そこに調和の光あり
十 神の心にかなうには
悪しき運命を 乗り越えよ
努力に天の助けあり
祈りに必ず応えあり
私が同意できないのは「八」の
「人間に 過去世・現世・来世あり」の部分だけ。
(輪廻転生は信じていないので)
それ以外はまったくもって同感である。
「努力に天の助けあり
祈りに必ず応えあり」か・・・。
なかなか勇気の出るお言葉ではないか。
初期の頃の霊言集を読んで、
「そうだ、そうだ!」と共感していた気持ちを思い出した。
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