幸福の科学を統一教会の信者が見ると -5ページ目

幸福の科学を統一教会の信者が見ると

幸福の科学も統一教会も、同じカルトじゃないかって?まあそうかもしれないけど、幸福の科学を見てるといろんなことを考えさせられるんですよ。「真実は小説よりも奇なり」

先日、楽山日記さんで書かれていた興味深い記事。

「通俗的道徳に、スピリチュアルという味付けが加わると、崇高な思想に化けるという話」というタイトル。

Eさんのような「過去世リーディング」をする人には、共通点がある。スピリチュアルというわりには、いっていることは通俗的道徳観にすぎないということだ。
しかし、この通俗的道徳観に、生まれ変わりのような神秘思想(?)をプラスすると、あら不思議。ある種の人たちには、これがすごく崇高な思想のように感じられるらしい。
(久我羅内『不可思議現象の科学』ソフトバンク クリエイティブ、2009年、p.154)


スピリチュアル・カウンセラーと言われる人が、何やら崇高な思想を語っているように見えるけど、大したことは語っていない、通俗的道徳じゃないか、という話だ。

なるほど・・・と思う。

これはとても興味深い。

そこから私が連想したのは、
通俗的道徳に、スピリチュアルという味付けが加わると
なによりも「説得力が増す」のではないかということ。


道徳は「こうあるべき」というひとつの価値を教えてくれるが、
その理由に対しては曖昧なことが多い。

価値観が多様化した現代では特に
「こうあるべき」と道徳的に説いても
「カラスなぜ鳴くの?カラスの勝手でしょ?」となってしまう。

「援助交際はいけないんだよ。不純異性交遊(今もこう言うの?)はダメと言っても
「なぜいけないの?」「私の勝手でしょ?誰にも迷惑かけてないでしょ?」となりかねない。

善悪の基準を示すのは難しい。

そこに「お前そんなことしてると
死んだあと色情地獄に落ちるんだぞ~」と言うと
どれだけ説得力が増すだろうか。

道徳は必要だけど実践力に欠ける。

「盗みはいけない」「いじめはいけない」「自殺はダメ」「生命の尊さ」
それらを教えるにも宗教的背景がなければ生活化が難しいのではないかと思う。

その意味で、スピリチュアルカウンセラーが語る言葉が
じつに平凡な通俗的道徳であっても、そこには大きな意味がある。

口で高邁な思想を語ることができたとしても
それを身をもって、
そのとおりに(道徳的に)生きられるか?
生活できるかとなると
なかなか難しいのだ。

それができれば
まさに偉大なる常識人ではないだろうか。


この記事がよかったら1クリック!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ
にほんブログ村


宗教 ブログランキングへ




日常生活の中で、
ふとズーンと心が重くなる時がある。

雑踏を歩いたあとだったり、
人と会い深刻な相談を受けたあとだったり。

それで、もしかして悪霊に頼って来られたかな?と直感する。

その時に決まっていう言葉。(霊に向かって。)

「私に頼られても、私にはあなたを引き上げる力はありません。
どうか、神とメシヤ(救世主)につながってください」

教会の先輩から教えてもらった。

これをおまじないのように唱えると、
スーッと心が軽くなる。

自分自身には力はない。
でも、神様につながっていることで
心がいつも明るく軽快で、幸せでいられるんだなと思う。

メシヤ(救世主)は悪に完全に勝利された方。
怨み憎しみに対して、愛で勝利された方だ。

(だからドラキュラはイエスの十字架に抗えなかった。)

そういえば幸福の科学にも「悪霊撃退の祈り」があったね。


この記事がよかったら1クリック!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ
にほんブログ村


宗教 ブログランキングへ



前回の小冊子「女性たちの使命」について、
真理を探求する乙女さんからコメントを頂いた。

「凄い~マニアックな?書籍ですよね?!…ホント、お詳しいのでビックリです♪なぜ、そこまでウオッチャーをされてるんですか?(・◇・)?」

たしかに、信者でもないのに
よくここまでウォッチするな~と思う。自分でも(笑)

1980年代からずーっとだから。

その理由は、
ひとつは、幸福の科学に対して
とても親近感を感じたということがある。

統一教会の教義では霊界の存在をはっきりと言っているが
1980年代に幸福の科学が出てきて
「霊言集」とかで霊界の存在証明をしていたときは
とても心強く感じた。

人生はこの世で終わりでなく、死んだ後もある、
この世とあの世を貫く幸福を求めないといけないという
霊的人生観の必要性はまったく同感である。


どの宗教も、道は違っても
同じ山の頂上にいたる道だ
とよく言われる。

私としては
「統一教会が聖書的観点から真理を説いているように
幸福の科学は仏教的観点から真理を説いているだけだ、
おなじ山の頂上を目指している者どうしだ」
そんなふうに感じた。

だから幸福の科学の書籍は
自分の考えを補完してくれるもののように思っていた。


それから、幸福の科学をウォッチしてきた理由の2つ目。
教団の運営について
他宗教とは違った新しさを感じたという点があるだろう。

月刊誌の綺麗なデザイン。
BGMは水澤有一さん作曲の天国的な調べ。

冠婚葬祭中心の形式的な宗教とは違った新鮮さを感じた。
宗教らしくない宗教。

それからマスコミを使った大々的な広告宣伝。
日曜日の朝のFMラジオ番組。

やりかたが実にスマートというか・・・。
表現がうまいというか。

統一教会にはとてもないものだった。
幸福の科学は、私にとってはいい意味でライバルであり
研究対象だったといえる。


統一教会もいま、過去の反省の上に
オープンな教会、透明性のある組織を目指そうとしている。

実際にどこまでできるかわからないが、
幸福の科学がこの20数年間
宗教を裏の世界から表の世界に復権するために努力されてきたことも
きっと参考になると思う。


迷惑を顧みず、率直に言えば
「幸福の科学とも、いつかは共に歩める日が来るのではないか」
という考えを持っていた。

共産主義を悪とみなし、徹底的に反対しているところも似ているし
超宗教を目指しているところも共通だ。

それから(初期の)家庭ユートピアという考え方も。

他宗教との違いに目を向けるよりも
共通点を見出し、
お互いに共通の理想に向かって努力すべきだ
というのが文鮮明師の教えであるから。

だから私は幸福の科学に対して、
「早くつぶれたらいい」というのではなく
「もう一度、初期のころみたいにしっかり立ってくださいよ」
というスタンスだと思う。



それから
「教祖が亡くなって~落ち込まれたり、されてないんですか?」

という質問について。

いつかは必ず来る日が来てしまった、という感じで、
私個人としては「92歳、天寿を見事に全うされた」と思っている。
淡白かもしれないが、落ち込むということは全くない。

それと霊界はあると信じているので
悲しむ以上に、
教祖が霊界に行かれて、
ますます自由自在に動かれるのだろうな
夢などを通して、もっと身近に現れられるのだろうなと思う。

イエス様の死後、キリスト教は本格的に始まったので
統一教会もこれからが本番かな~なんて
のんきに考えているところ。




以上、正直に質問に答えました。

ちなみに真理を探求する乙女さんのブログ、けっこう面白いです。


この記事がよかったら1クリック!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ
にほんブログ村


宗教 ブログランキングへ
昨日紹介したセンスアップシリーズ
小冊子「女性たちの使命」はこれ。

かなりのレア物かも?

$幸福の科学を統一教会の信者が見ると-センスアップシリーズ女性の使命
表紙

$幸福の科学を統一教会の信者が見ると-本文はこんな感じ
本文

学習参考書みたいな構成だ。

10数年ぶりにパラパラと見なおしてみて
改めて面白いなあと思った。

「男性というものは、やはり、どうにでも扱える生きものだと思います。それは大きくなった大人子供のような存在です。女性の力がなければ、何もできないようなところがあります。そうして子供のように偉ぶってみたり、またふんぞりかえってみたり、いろいろなことをします。そして、誉めてほしいというのが男性のほとんどの心境のように思います。こうした男性の姿を見ると、ほんとうにほほえんでしまいます。

ですから、女性も男性と競おうなどと思わないで、お母さんになることです。大きなお母さん、人類のお母さんになることです。子供だけではなく、大人の男性をも子供のように慈しみ、そして育て、励まし、立派にしてゆくということに生きがいを見出すことは可能だと思います。男性は今、真に女性の力を必要としているのだと思います。真に女性の力を必要として、そして、もっともっと伸びてゆきたいのだと思います。」


こんな感じで、1980年代の著作のなかから
女性のあり方、生き方に関する部分を集めて編集されている。

これらのなかには、過去も現在も変わらない真理も多分に含まれているだろう。

その言葉が人間から出たものか、
それとも神近きものから出た言葉であるかは
時間の経過とともに明らかになってくる。

また
言葉だけでなく、人の行いも
歴史を経て本当の評価がされるものだと思う。

聖書や仏典が何千年の時を越えて
人類に多大な影響を与えてきたように。


ちなみに、この本のまえがきは
大川きょう子元夫人が書かれていた。

センスアップシリーズの1となっているが、それに続く2・3があったのかは知らない。


この記事がよかったら1クリック!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ
にほんブログ村


宗教 ブログランキングへ

センスアップシリーズ「女性たちの使命」という小冊子が
私の手元にある。

1990年に幸福の科学女性用テキストとして編集されたものである。

けっこう気に入っていたので、
これは処分せずに持っている。

1989年までに説かれた幸福の科学の神理(原文のまま)のなかで
女性のあり方に関する部分をまとめたものである。

たとえばこんな内容が紹介されている。

「もし、父も母も冷酷な性格であって、『人を見れば敵と思え、狼と思え』というような方であったとしたら、そのイエスに投げかけた影は想像するだけで恐ろしいものがあります。情操教育、感情の教育ということは、目に見えた力は発揮しないかもしれませんが、それはじつにじつに大きな力があるのです。
 偉人の生涯を数多く振り返ってみるにつけても、その母の力の偉大さを私は感じるのです。『全世界が裏切ったとしても、私を信ずる母がいる』ということが、どれほどの生きがい、あるいはやりがいとなり、命の糧となったでしょうか。」

「大天使ミカエルの降臨2より」

当時バブル絶頂期にあって、
信仰を土台とした良妻賢母をすすめる
幸福の科学の保守的な見解には
とても勇気づけられた。

統一教会でも
90年代から「女性の時代」ということが
強調されていたので
「どの宗教も同じだな。
霊界(天上界)からそのようなメーッセージが
降りてきているんだろうな」
そんなふうにとらえていたものだ。



この記事がよかったら1クリック!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ
にほんブログ村


宗教 ブログランキングへ