幸福の科学を統一教会の信者が見ると -19ページ目

幸福の科学を統一教会の信者が見ると

幸福の科学も統一教会も、同じカルトじゃないかって?まあそうかもしれないけど、幸福の科学を見てるといろんなことを考えさせられるんですよ。「真実は小説よりも奇なり」

幸福の科学は未来型宗教だと
自負しているようだが、
そのイメージ作りに大きく寄与しているのが
水澤有一さんの音楽だと思う。

洗練されたシンセサイザーの曲は
聞いていてとても心地よく癒される。

Youtubeを見ると、いくつかアップされていた。



この曲も、よく部屋で流していたものだ。

人畜無害というか・・・。

映画はもちろんのこと、
幸福の科学のいたるところで水澤さんの音楽が
取り入れられている。

水澤有一さんのCDは、じつは私も
ほとんど全部持っているのだ。

波動がどうこうとか考えない。
悪いものは悪いけど、良いものは良い。

ただ、最近はあまり聞かなくなったかも。


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大川隆法氏は自称「救世主」であるが
ほんとうにそうなのか、
はなはだ疑問が多い。

幸福の科学公式サイトによると、
エル・カンターレとは、「うるわしき光の国、地球」や「地球の光」という意味で、その名の通り、地球の最高神です。

主エル・カンターレは、地球のすべての神々を導く存在であり、キリスト教的にはイエス・キリストが「わが父」と呼んだ方、イスラム教的にはアッラーです。

そして、主エル・カンターレは、現代の日本に大川隆法総裁として生まれられ、西洋文明と東洋文明を日本という地で融合し、全人類を導く教えを説かれています。


とある。
神と人間との関係、救世主の使命など、かなり曖昧である。

救世主の使命とはなんだろうか?

その中心的な使命として、
神と人を結ぶという役割があるだろう。

人が神を求めていくときに
道になってくださる方。

目に見えず、たずねて声を聞こうとしても聞こえず、
なかなか実感として感じることのできない神様を、
人間に見えるように、聞こえるように
感じるように身を持って教えてくださる方。

それが救世主である。

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聖書にはこうある。(ヨハネ福音書14章)
「イエスは言われた。『わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。』」

「わたしは道である」とは、
神と人を結ぶ道であり、仲立ちであり、パイプ役である
ということだ。

イエスは、人の心を神につなぐのが私だと言われた。

人間はイエスを通して
神とはこんな方なのだということを知る。

イエスの語られる言葉、示される人格、生き様に感化され
人生を変えていく。

大川隆法氏の生き様を見て
その背後に神様を感じるだろうか?

その人格に神様を感じるだろうか?

そもそも自分自身が神様になってしまっているので
人を神様につなげる役割どころか
人間大川隆法につなげる役割しかしてないんじゃないの?

大川隆法氏がエル・カンターレ宣言をし
自らを神としたことが最大の間違い。


人は、親である神様との関係を回復するなかで
本当の幸福、平安、喜びがある。

人をそのように導くのが救世主である。

文鮮明師の言葉に
「すべての人類が神様を親として暮らすことができる日がくれば、私は死んでもいい」
というのがあった。

残念ながら、その日を迎えずに亡くなられたけれども、
生涯その心で生きられたのだ。


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やや日刊カルト新聞のコメント欄に、
ほぼ毎日、幸福の科学本部内の様子を淡々と書き込みされている匿名さんが
新たな事実を伝えられた。

この匿名さんは、アイマイミーさんのブログでは「絵日記さん」と命名されている。
それが単なる噂話や妄想でなく、実際の大川隆法氏の動きや職員さんたちの様子を
本部内で観察した情報であることは
その後表に出てくる事実と付きあわせてみればほぼ正確だ。

以下引用

匿名 さんは書きました...

追記
秘書たちは結構、仲間同士ではよくおしゃべりをするのでございます。そのあたりの女性から大悟館の中の出来事が漏れてくることも多いのでございます。特に女性たちの関心ごとは、総裁先生が誰を好きなのか、誰と関係を持っているのかなどの話しでございます。興味本位で語ったり、時には嫉妬を交えて語ったりするのでございます。
ご結婚早々にもかかわらず、すでに別の秘書との噂さえ聞こえてくるのでございます。今に始まったことではないのでございますが、今回ばかりはまだ一ヶ月も経っていない時期にもかかわらずそのようなことがあったように聞こえてくるのでございます。いろいろな問題とあわせ、対応の困難さが予想されるのでございます。
以上です。

2013年1月18日 20:57


ちょっと前に「大川隆法氏近藤紫央さんと結婚したばかりで新しい愛人?」という記事を書いたが、
それが単なる噂話でなく事実であることを、さらに確信させてくれた。

誰のせいでもない、
大川隆法氏自ら、崩壊への道をまっしぐらですな。


ところで、やや日刊カルト新聞では
一番のカルトとして批判されている統一教会だが
最近の批判記事は全然物足りないぞ。

批判のための批判というか、
重箱の隅をつつく話というか、信者には全然こたえない。
「それがどうした?」というレベルのものばかりだ。

というか、幸福の科学があまりにもぶっ飛んでるから
統一教会なんて霞んでしまうのかもな。


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エル・カンターレ、エル・ミオーレ、ラ・ムー、エロヒム、
幸福の科学にはいろんな名前の神様が出てくるが、
このたびさらに新しい神様が紹介されたようだ。

6億年前地球文明を創造した始原の神アルファ。そしてそれを支えた大地の女神ガイア。

男性神と女性神?
なんだか東洋の陰陽五行論に近づいてきたな。

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始原の神とはいうけれど
6億年前ということは、
現代科学でビッグバン以来宇宙の歴史は約137億年となっているから、
もっとその根本の、アルファとガイアの前の神がいるということだよな。

その一番最初の存在、
第一原因となるそのお方を「神」と
はっきり定義してはどうか?

旧約聖書の最初に
「はじめに神は天と地とを創造された」書いてあるその「神」だ。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教で「神」という存在はその神様だ。

唯一神だ。

韓国語で神様のことを「ハナニム」と言う。
「ハナ」とは「一つ」「一番目」まさに初めのお方である。

すべての存在は、その神によって創られた被造物である。

こう考えるほうが、原因と結果の因果関係がスッキリして
より「科学」的ではないか。

天地創造の神、唯一の神が初めであり、
そこからあらゆる存在が創造された。

幸福の科学で言うところの
エル・カンターレもエル・ミオーレもラ・ムーもエロヒムも
それから今回新たに追加されたアルファもガイアも
みんな天地創造の神によって創られた被造物なのである。

それは人間が死んで霊となった姿なのか、
天使という霊的存在なのかは知らないけれど。


いくら始原の神アルファとか言っても
神様の被造物の一つなのだから
いつかは唯一である神様の下に
統合されていくことだろう。

つまりユダヤ教、キリスト教の流れに
幸福の科学も組み込まれざるをえないということ。


ところで、地球文明を創造した始原の神アルファ。
そしてそれを支えた大地の女神ガイア、
その生まれ変わりが大川隆法氏と
このたび結婚した大川紫央さんという設定らしい。


頭がクラクラしてくる。
信者さんもよくついていけてるな~。


「多神教の幸福の科学」ということについては
この記事も参考に御覧ください。
「幸福の科学はなぜ世界宗教になれないか?」


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先回、天の法3カ条というものを紹介した。

1.血統問題 (愛の問題)
2.人権問題 (人間関係)
3.公金問題 (お金の問題)

モーセの十戒や仏教でいう五戒も
この3つに集約することができるであろう。

五戒(Wikipediaより)

五戒(ごかい)とは、仏教において在家の信者が守るべきとされる基本的な五つの戒のことで、
より一般的には在家の五戒などと呼ばれる。

不殺生戒(ふせっしょうかい) - 生き物を殺してはいけない。
不偸盗戒(ふちゅうとうかい) - 他人のものを盗んではいけない。
不邪淫戒(ふじゃいんかい) - 自分の恋人・配偶者以外と交わってはいけない(不倫してはいけない)。
不妄語戒(ふもうごかい) - 嘘をついてはいけない。
不飲酒戒(ふおんじゅかい) - 酒を飲んではいけない。


これらは過去から諸宗教で共通して教えられてきたことである。
その普遍性からして人間の頭で考えたものというより、
神から啓示的に与えられた法であると考える。

あの世までも一貫した法であり、
これがひとつの善悪の基準となる。

「姦淫するな」ということは、
ただ肉体的な関係をもたなければよいという次元でなく、
情欲の思いで異性を見るなということである。

「人を殺すな」ということは
言葉や権力で人を傷つけるなということでもある。

「盗むな」ということは
公的なものを私的に濫用するなということでもある。

この世では、外的に行いとして犯した罪が罰せられるが
あの世ではそれのみならず、
心までお見通しなので、心で行ったことも
罪として審判されるのである。

「行いは律法を守っているとして、
では心のなかはどうなのだ!」と
激しく当時の宗教者を批判して
迫害され十字架にかけられたのがイエス・キリストである。

イエス・キリストは、
行いだけでなく、心の中までも清くあることを求めた。

私たちも、この世だけでなくあの世でも幸せに生きようと思えば
心のなかの基準まで求めるべきだと思う。

もちろん、他人に要求することでなく
自分自身に対して努力することだ。

幸福の科学も初期は
正しき心の探求、人生の大学院ということで出発したはず。

「おおっ、ライバル登場!」と思い、
刺激になって良かったんだがなあ・・・。

漏れ伝わる大川隆法氏や教団のようすによれば
何とも情けない状態になられたようだ。


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