前の記事はこちらから
息子のママ友たちは、もう下の子も幼稚園に入ってしまい、
6歳離れた娘の新たにママ友の人間関係が始まることになります。
娘は2人目って言うのもあって、
積極的にママ友づくりもせずに
のんびり娘と遊んでいればいいやという感じになっていました。
子育て支援センターの職員さんたちとも、
よく話をするようになり、
そこで大人の人との会話ができるので
相変わらずワンオペ育児ではありましたが
息子の時よりは、孤独感は少なかったように思います。
幼い我が子しか話す人がいないって、
耐えがたい孤独な日々だなと今になって思います。
やっぱり知り合いでもいいから、
ちょっと立ち話をするだけでもよかった。
1日中誰ともしゃべらない
孤独な育児って、本当に本当につらかったな…
このワンオペ育児時代の孤独感について解説していきます。
☆☆☆☆☆
孤独な育児がつらかったのは、あなたが弱かったからじゃない
「誰とも話せない一日」がこんなにも消耗するのは、
意志が弱いからでも、メンタルが弱いからでもない。
HSS型HSP×アダルトチルドレンという特性の組み合わせが、
孤独な育児環境を構造的により過酷にするからだ。
「ちょっと立ち話」が、神経系の救いになっていた
ポリヴェーガル理論では、
人間の神経系は他者との安全なつながりによって調整される、と説明される。
顔を見て話す、声のトーンを聞く、笑い合う。
そういった何気ないやりとりが
「腹側迷走神経系(社会的関与システム)」を活性化させ、
神経を「安全」な状態に戻してくれる。
だから、子育て支援センターの職員さんとのたわいない会話が、
あれだけ救いになったのには理由がある。
知り合いでも、ほんの立ち話でも、
それが神経系には「安全のシグナル」として届いていたのだ。
逆に言えば、その回路が完全に断たれた状態——
幼い子どもしか話す相手がいない日々は、
神経系が「安全」を取り戻せないまま
慢性的な覚醒状態(ストレス応答)に置かれ続けることを意味する。
HSS型HSPは「刺激」と「安心」を同時に必要としている
HSS型HSPには、矛盾するように見える二つの欲求がある。
刺激や新しいものを求めて外に向かいたい(HSS)
一方で、深く処理しすぎて消耗しやすく、
安心できる環境でないと本来の自分でいられない(HSP)。
この特性を持つ人にとって、ワンオペ育児の環境は二重につらい。
外部との刺激的なつながりは断たれ、
かといって家の中は「安心」とは言い難い——
子どものペースに合わせ続けるだけの毎日は、
HSPの深い処理能力を持て余したまま、
じわじわ神経を消耗させていく。
「もっと育児を楽しめるはずなのに、なぜか満たされない」という感覚があったとしたら、
それはHSS型HSPとしての神経系がSOSを出していたサインだったかもしれない。
ACの特性が「助けを求める」ことを阻んでいた
アダルトチルドレンの多くは、
幼いころから「自分の感情やニーズを後回しにすること」を
生存戦略として身につけてきた。
「つらい」と感じても、それを誰かに言っていいとは思えない。
「助けてほしい」という感情が出てきても、
すぐに「でも迷惑だし」「自分で何とかしなきゃ」という内なる声がかき消す。
孤独で消耗していても、
「孤独です、助けてください」と言える神経系になっていないのだ。
これは性格の問題ではなく、
幼少期の環境がつくった神経系のパターン。
「助けを求める=危険」という学習が、
脳の深部(扁桃体や前帯状皮質)に刻まれているから、
意志の力でどうにかなるものではない。
つらかったのは、構造がそうなっていたから
孤独な育児がつらかったのは——
神経系が安全のシグナルを
受け取れない環境に置かれていたから。
HSS型HSPとして刺激も安心もどちらも必要なのに、
どちらも満たされない状況だったから。
ACの特性が「助けを求める」という行動そのものを封じていたから。
弱さでもなく、工夫不足でもなく、
特性と環境が重なってできた構造的な苦しさだった。
あのころのあなたが、
いくら「もっとうまくやろう」と思っても限界があったのは当然で、
それはあなたのせいじゃない。
「安心が先」というのは、きれいごとでも理想論でもなくて——
神経系の仕組みから見たとき、
そこにしか本当の出口はない、ということをわたしは伝えたい。
つづきはこちらから

