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息子の出産後、

無事に退院して実家に帰り 

本格的に育児が始まりました。

 

ここでも、母乳で育てたかったのに、

母が、時間になるとさっさとミルクを与えてしまい、

思うように母乳も与えられずに 

息子はミルクで、ぷくぷくと成長していきました。

 

実家にいたら、快適かと思っていたら、

すべて母が先回りしてやってしまい、

家事をしなくて身体は楽ではあったものの、

精神的には休めずに早く自宅に帰りたいと思っていました。

 

出産も、自然分娩がよかったのに帝王切開になる。

母乳育児をしたかったのに、ミルク育児になる。

実家は、祖母や母の干渉がツライ…。

なんか思い通りにいかない現実に いろいろと疲れ果てていました…。

 

 

 

〇HSS型HSP×アダルトチルドレン|産後に心だけが疲れ果てるのには、理由がある

 

退院して実家へ。

やっと落ち着ける場所に帰れた、と思っていたのに、

なぜか心が休まらない。

身体は楽なのに、精神的にはむしろ疲弊していく……。

 

この感覚に、心当たりはありますか?

 

「贅沢な悩みだ」「感謝が足りない」

そんなふうに自分を責めてしまいそうになるけれど、

これはわがままでも、感謝が足りないわけでもありません。

 

HSS型HSPとアダルトチルドレン(AC)の特性が重なったとき、

とくに産後というデリケートな時期に現れやすい反応のひとつです。

まずそこから、一緒に紐解いていきましょう。

 

 

 

〇「理想通りにいかない」が、なぜこんなに消耗するのか

 

HSS型HSPとは、

感覚処理感受性(Sensory Processing Sensitivity)が高いHSPでありながら、

同時に高い刺激希求性(High Sensation Seeking)を持つタイプのことです。

 

好奇心旺盛で行動力があり、

「こうしたい」という明確なビジョンを持ちやすい。

 

その一方で、感受性の高さゆえに、理想と現実のギャップを、

人よりもはるかに鋭く・深く受け取ってしまいます。

 

自然分娩を望んでいたのに帝王切開になった。

母乳で育てたかったのに、ミルクになってしまった。

 

「元気に産まれたんだからよかったじゃない」と周囲は言う。

それはそうなのだけれど、

HSS型HSPにとっては「どう産みたかったか」「どう育てたかったか」というプロセスそのものに、

深い意味と思い入れがあるのです。

 

その理想が次々と崩れていくとき、

積み重なるのは単なる「残念」ではありません。

自分の意思や感覚が何度も否定されていくような、

根深い疲弊感です。

 

HSS型HSPは情報処理の深さゆえに、

同じ出来事でも何倍もの強度で受け取ります。

だから「疲れ果てた」は、

大げさでも弱さでもなく、正直な心の声でした。

 

 

 

〇実家が「快適」に感じられなかった理由――ACの視点から

 

実家での居心地の悪さには、

アダルトチルドレン(AC)の視点が深く関わっています。

 

アダルトチルドレンとは医学的な診断名ではなく、

機能不全な家族環境の中で育ち、

「自分のニーズよりも親の期待を優先すること」を

子ども時代に身につけてしまった大人を指す心理的な概念です。

 

幼い頃から「自分の気持ちより場の空気」を読むことで自分を守ってきた、

そんな背景を持つ方が多くいます。

 

お母さんが先回りして家事をしてしまう。

授乳のタイミングに構わず、

時間になるとミルクを与えてしまう。

 

傍目には「助けてもらっている」場面でも、

ACの傾向がある方にとって、

この「善意の先回り」は

「あなたには任せられない」「あなたのやり方は違う」というメッセージとして、

無意識のうちに受け取られることがあります。

 

心理学では、これを「自律性の剥奪」と言います。

自分で決めたい・自分でやりたいことを、

善意であっても他者にコントロールされ続ける体験は、

自己効力感(self-efficacy)(「自分はできる」という感覚)を静かに、しかし確実に傷つけていきます。

 

しかも産後は、

「母親」という新しいアイデンティティを築こうとしている、

とても揺らぎやすい時期。

そこに「お母さんとしての判断」まで先取りされてしまうことは、

幼い頃の「自分の気持ちを無視された体験」と重なり、

予想以上に深く響いてしまうのです。

 

 

 

〇「早く帰りたい」は、自分を守るためのサインだった

 

「身体は楽なのに、精神的に休めない」

この矛盾した感覚こそ、

HSS型HSPとACの両方の特性が、

産後という人生の転換期にぶつかったときのリアルです。

 

早く自宅に帰りたい、という気持ちも、

決してわがままではありません。

 

それは自分のペースで、自分らしく子育てをしたいという、

親としてごく自然な感覚であり、

心が発した自己回復のサインでもあります。

 

思い通りにいかないことは、たくさんありました。

でも、「こうしたかった」という理想を持っていたこと自体は、

愛情と感性の豊かさそのものです。

 

まずは、「つらかった」という自分の感覚を、正しいものとして認めること。

そこが、自分を理解していくための、最初の一歩になります。

 

 

つづく