前の記事はこちらから
退院して自宅に帰ると、
私の両親と弟家族が来てくれました。
正直、退院した日に来られるのはキツイなと思いつつも、
それでも、誰かの手助けがあることはありがたかったのです。
弟家族は、その日のうちに帰り、
父は2日いて先に帰り
母が1週間手伝いでいてくれることになりました。
退院して、すぐに幼稚園の親子遠足で、
わたしは行ける状態ではなかったので
夫に行ってもらいました。
その年の遠足が遊園地だったので、
行きたかったな…と残念な気持ちでいっぱいでした。
娘が生まれてから、新生児のうちは
息子のバス停への送り迎えを、
同じマンションのママ友がしてくれると言ってくれたのですが、
赤ちゃん返りしている息子が、嫌だと言って泣くので、
諦めてわたしが送ることにします。
息子の幼稚園があるので
ゆっくりはしてられなかったのですが、
それでも息子が幼稚園に行っている間には
少し休むことができていて、
初めは年の差きょうだいじゃない方がいいと思っていましたが
37歳での出産でもあり、ワンオペ育児でもあったので
年の差があってよかったと今になって思います。
息子は3500グラムで生まれたのもあって、
比較的がっしりとしていたのですが
娘は2800グラムで生まれたのと
女の子なのもあってか、抱き心地がふわふわして
やわらかく感じて、抱っこしている時間が
幸せに感じました。
娘の1か月検診の日。
夕方からだったので、
ママ友に息子を預けて出かけました。
頼れる人がいない環境で、助けてくれたのは
同じ境遇のママ友たちでした。
息子を預けられる人が何人かいる。
それだけで、基本的には預けないけれども
何かあった時にはお願いしようという
安心感がありました。
別のママ友も、娘が新生児のうちは
息子を幼稚園から帰ったら、
時々預かってくれて遊ばせてくれました。
今思うと、本当にありがたかった。
あのマンションで暮らしていなかったら
どうなっていたことか…と思う。
娘を母乳育児で育てたかったけれども、
結局、母乳だけだと体重が増えなかったので、
ミルクも足して、混合でいくことになりました。
ただ、結果的には混合の方がわたしには楽だった。
母乳がきついときには、ミルクを飲ませたり、
出かける時は、母乳の方が荷物が少なくていいので
母乳にしたりと、調整できるのが、助かったんです。
自分の体調が悪いときは夫や息子にミルクをあげてもらえる。
母乳だろうと、ミルクだろうと、
子どもがすくすく育つことの方が
なにより大事だったんだなって思う。
娘は3時間おきには起きるけれども、
3時間はまとまって寝れたから、
まだ良かった。
でも、睡眠不足でヘロヘロになってた。
朝までぐっすり寝れる日はいつだろう…と思いながら
毎日を過ごしていました。
つづく
