それからの二ヶ月ほど、小林と渡邉はたまにLINEを交わしたり、時間が合えば食事に行ったりしていた。 

頻繁というほどではないけれど、近すぎず遠すぎず。

今の二人には、それくらいがちょうどいいペースだった。

東京の夜は少しずつ涼しくなり始め、昼間に夏の名残を感じても、夕方になれば空気ははっきりと秋の色を帯びるようになる。




そんなある日、齋藤がまた泊まりに来た。 

理由はいつも通りーードラマ。

外で会うより、こうして家でだらだら過ごす方が好きで、時々お酒まで持ってくる。こっちも出かける気はなかったし、ちょうどよかった。



小林はソファにもたれて、テレビに流れる韓ドラの次回予告をぼんやりと眺める。 

齋藤は大きく伸びをして、勝手知ったる様子でキッチンへ向かう。

「酒取ってくるねー」
「んー」

生返事をして、視線はテレビに固定したまま。 

しばらくして、キッチンから声が飛んできた。

「ねえ、このカップ、新しく買ったの?」

振り返ると、齋藤が陶器のカップを手にしていた。 

「……この前、出かけた時に買った」 
「ふーん」

齋藤は眉を上げ、くるっとカップを回しながら、どこか面白そうに言った。

「珍しくない? いつも超ふつうのグラスで飲んでたじゃん」
「別にいいでしょ」

小林は淡々と言って、リモコンで音量を上げる。これ以上話す気はない、という態度だった。

齋藤は肩をすくめ、それ以上は深追いせずに棚を開ける。

「じゃ、今日はこれにしよ」

そう言ってフルーツサワーを持って戻ってくると、二つのグラスに注いだ。一つを小林の前に置き、自分はどかっとソファに座る。

何口か喉を潤しながら、二人はまたドラマの世界に戻る。ときどき感想を言ったり、軽くツッコミを入れたり。 

クッションを抱え込み、齋藤の方はいつの間にかポテチに手をつけていた。

部屋には、どこまでも力の抜けた空気が流れていた。



横目で小林を見ながら、齋藤の頭にふとある考えが浮かぶ。

「ねえ。あんたさ、最近やけに外でご飯食べてない?」
「そう?」

テレビから目を離さず、適当に、どこまでも生返事。

「前はデリバリーかコンビニばっかだったじゃん。なのに最近、ちゃんとお店行ってる感じするんだけど」

今度は、返事すらない。 

ただ、ゆっくりとグラスに口をつけただけだった。

齋藤は手持ち無沙汰にグラスを揺らして、ふと思いついたように声を上げた。

「え……まさか、好きな人できた?」

ようやくテレビから目を離す。少し間を置いて、

「……してないけど」
「えー、やっぱしてるじゃん」

齋藤は目を細めて、確信めいた声で言った。

「相手、私の知ってる人?」

答えず、またテレビに視線を戻した。

「何言ってんの」
「はい、確定ー」

齋藤は勝手に納得して、アイドルらしからぬ勢いでガシガシと髪をかき乱す。

「誰だよ……」

頭の中で、最近会いそうな人物を次々と当てはめていくが、一向に答えは出ない。そのせいで、ドラマの内容もほとんど頭に入ってこなかった。

一方の小林は、軽く肩をすくめるだけ。またポテチに手を伸ばして、数枚口に運び、何事もなかったかのような顔でドラマを見続けている。



*****



秋が深まり、夜風は少し前よりも冷たくなっていた。

街は相変わらず賑やかで、ネオンの光が窓に映り込んでは、人の流れに合わせてゆらゆらと揺れている。



小林と渡邉は、また夕食の約束をしていた。

今回は和洋折衷のレストラン。レトロな木目調の内装に、少し落とした照明が心地よい。

注文を済ませると、小林は最近テレビで見た番組の話を始めた。

ちょうど紅葉シーズンの特集で、有名なスポットがいくつか紹介されていたのだ。 

 

あくまで、ただの雑談。

そもそもインドア派だし、わざわざ紅葉狩りに出向くのは少しハードルが高い。紅葉なんて「テレビで見るくらいでいいや」程度の、年中行事でしかなかった。


「じゃあ、行けば?」

向かいから返ってきたのは、今日はいい天気だねとでも言うような、あまりにも淡々とした声だった。

箸が止まった。二秒ほど固まってから、顔を上げる。

「……え?」
「興味ない?」

渡邉は視線を上げず、皿の上のエビフライをフォークでつついている。

「いや、なくはないけど……理佐の方から誘ってくれるなんて、ちょっと意外だっただけ」 
「あ、そう」

渡邉はエビフライをつついていた手を止めた。そこでようやく、自分の発言に気づいたらしい。

数秒ほど考え込むような間を置いてから、何も言わずにオムライスを一口食べた。 そして、また何事もなかったかのようにエビフライをつつき始める。

……それ、もう衣取れるでしょ

黙り込んだ渡邉を見て、小林はつい口元が緩んだ。

「で、さっきの誘い、まだ有効?」

相手が黙ったままだったので、こちらから声をかけた。このままだと会話が途切れそうだった。

「由依がその気なら、もちろん」

小林が嬉しそうに頷くと、そこでようやく、ちゃんと目を合わせて話し始めた。



「じゃあ、おすすめの場所とかある?」
「なくはないけど……」

渡邉は指先でテーブルを軽く叩いた。少し間を置いて、言葉を選ぶように続ける。

「日帰りだと、ちょっときついかもしれない」

ああ、そういうことか。

フォークをくるりと回し、渡邉をチラッと見てから、気にしない様子で肩をすくめた。

「泊まりでも、私は平気だよ」

本当に何でもないことを言うような、あまりにも自然な口調。

今度は渡邉の方が固まった。

スプーンを宙に浮かせたまま、一瞬、その言葉を処理しきれなかったらしい。視線を落としてオムライスをもう一口食べ、エビフライも小さく切り分ける。

耳元が、ほんのり赤くなっていた。

「……うん」

数秒の後、ようやく返事が返ってきた。

「じゃあ、十月の予定、あとで送って。日程決まったら、宿も取っとくから」

そう小さく付け足して、また視線を落とした。

「わかった、お願いね」

にこりと笑って頷くと、最後のハンバーグを口に運んだ。





家に戻ると、上着をハンガーに掛け、大きく伸びをしてから浴室へ向かった。

温かいシャワーが肩を流れ、一日の疲れがゆっくりと解けていく。 

ゆったりとした部屋着に着替えて、ソファに腰を下ろし、そのままクッションを抱き寄せた。

カレンダーを開いて十月の仕事の予定をスクショし、「ありがとう」と添えて送信する。

メッセージを送った直後も、指先はしばらく画面の上で止まったままだった。 

このときになってようやく、理佐と一緒に旅行に行くこと——しかも泊まりがけだという事実が、現実味を帯びて胸に落ちてきた。

ソファに身を預け、無意識にクッションを指でなぞりながら、スマホから目を離さない。

口元をきゅっと引き結んでみたものの、結局少しだけ、どうしても笑みがこぼれてしまった。



*****




秋に入ったの朝は少し肌寒い。

でも、お日様が昇るにつれて、その冷たさはゆっくりと和らいでいく。車窓から差し込む光には、秋独特のやさしさが混じっていた。

窓に寄りかかって、遠ざかる東京の街並みを眺める。

高層ビルのシルエットはいつの間にか広い高速道路に取って代わられ、遠くには山の稜線がぼんやりと見えてきた。木々の先はもう、赤や黄色に色づき始めている。車の数は多いけど、街中みたいなギスギスした感じはどこにもない。



ハンドルを握る渡邉は、たまに雑談を挟みながら運転に集中している。

会話が途切れても、もう気まずさはなかった。

車内に流れるのは、小林が適当に流したプレイリスト。

 

NewJeans、TWICE、LE SSERAFIM……いつ追加したのか自分でも覚えていないような曲が、スピーカーから響いている。 

渡邉はハンドルを指でトントンと叩きながら、リズムを取っている。なんだか楽しそうだ。


「由依、選曲のセンスいいね」

満足そうに笑って言う。

眉を上げ、「ふーん」とだけ返した。勝手に言ってれば、という完全スルー。

それでも渡邉はめげない。

「ねえ、K-POP歌える?」
「一応ちょっと練習したことあるけど。別に得意ってほどじゃないよ」

外を向いたまま、だるそうに返す。 

「で?」
「んー、なんか生歌聴きたくなっちゃって」

サングラス越しでも分かるくらい、瞳をキラキラさせてこっちを見てくる。

「元・櫻坂46の小林由依さまー?」

……最近、この人マジでウザい。

「はいはい、勝手にして」 

口ではそう突き放しながらも、緩んだ口元までは隠しきれていない。



結局、しつこさに根負けして、 何曲か歌うことを許してしまった。

まあ、もともと歌うのは嫌いじゃないし。誰かさんみたいに、一曲歌うたびに処刑台に立つような顔するわけでもないから。

渡邉は満足そうにいくつかリクエストして、静かに聴きながら、たまに小さく口ずさんでいた。



 


 

 

 

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