離婚ネタでも、普通に重いのに、
不登校ネタが加わって、もっと重い記事になるかもです
相変わらず長いので、読みたい方のみどうぞ。
離婚の大きな要因は2つ、
他にも沢山の出来事が絡みました。
そのうち、子供達の不登校も関係します。
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我が子達が不登校になったのは、
次男小2、クラスメイトの度重なる嫌がらせでした。
時期同じくして、長男小3、やはりクラスメイトの嫌がらせでした。
2人とも内弁慶なタイプだったので、
嫌がらせをしてくるクラスメイトに強く反発することは出来ず、
先生に訴えても抑止力にはなりませんでした。
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子供が不登校になった時、お母さん方は、
「(学校の先生や不登校支援者や精神科・心療内科の医師、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなどから)
居場所を作ってあげましょう。
安全基地を作ってあげましょう。」
と必ず言われます。
最初は何を言われてるのかわかりません。
居場所って何ですか?
安全基地を作るって?
だんだん不登校を理解してきて、
学校が安心できない場所なら家に作るしかない
という新たな決意をするのです。
今さらかもしれないけど、
家庭を立て直す努力を、もう一度します。
運良くそれが、フリースクールなどや、塾の中に見出だす子もいますが、そんなにうまくいきません。
我が家はどれもダメでした。
なんとか学校に戻す努力もしましたが、一時的なものでしかなかったのです。
だから、家の中を徹底的に作り直すつもりで、子供達と向き合っていく方向性にシフトしました。
…ところが、夫はそれがイヤだったのです。
離婚前に、私のダメなところリストでも読み上げているつもりなのか、
その(脳内)リストには、
「子供達の不登校はおまえのせい」
「おまえがお昼の準備をするから学校に行かない」
「おまえが子供達の不登校を助長させた」
など、耳を塞ぎたくなるようなセリフのオンパレードでした。
子供達の居場所を作ったことで、
夫の反感をさらにかってしまった結果に。
でも私は後悔していません。
あの時確かに、我が家の中に、
子供達が安心して暮らせる環境が、(無かったとは言わないが)しっかり確立している、とは言い難かったから。
だから、不登校をチャンスと捉えて、
親子関係を再構築するきっかけにしました。
それに乗っかれなかった夫が炙り出された結果になりましたが。
不登校において親の意見も大事です。
でもそれは、子の意見を尊重した上で、親としてどうするか?を考えるのが順番としては正しいように思います。
親の意見が絶対的で、
子供がそれに賛同する、子供側が親の意見に寄り添う形、
はいびつです。
夫はそこを履き違えていました。
不登校に悩むというのは、
悩みの中で親としての立ち位置を再考するチャンスなのです。
正しい不登校改善マニュアルなんてありませんでした。
(世の中にはあったかもしれないけど、私の今までの時間軸の中では見つけられなかった、です。)
今となっては、不登校で悩んで良かったです。
つらかったけど、不登校問題があったから、子供達とめっちゃ仲良く過ごせていますから。
毎日、遠慮せずに笑い転げていられる関係は、なかなかに幸せなことなのです
↑反抗期のお年頃なんですけどね(笑)
反抗されても痛くも痒くもない程度
