ジンとは唯一同期。
大阪時代先輩に誘われ、一緒に一日限定カバーバンドをやった事があった。
恥ずかしい話だけど、僕の携帯アドレスにはバンドマンがジンしか居なかったのだ。
なんかどうもバンドマンの人達とは馴染めなかった→あんなにヘビメタやってライブ活動してたのにね 汗笑
ジンとは唯一タメでノリが合い、なにか気があった。
だからジンとは連絡先を交換したんだと思う。
そんなジンはCHILDというバンドのリーダー。
彼等はフィールドこそビジュアル系畑だったが(その時代はそういうバンドばっかりだった)、独自のパンクロックを武器に、無二の存在と化していた。曲は殆ど早い2ビートでメロディアスだったのを覚えている。
ボーカルのたかさんはこの界隈でダントツの男前、ギターのヤギちゃんは小柄のギターヒーロー、ベースのしょうちゃんも小顔クールフェイスジェントルマン、ジンはコワモテ三枚目キャラ 笑
彼等のキャラクターは素晴らしかった。
初の出会いは、以前にも書いたギガスレ寝屋川ライブで偶然観てくれたのが出会い。
そこから、何回目かの寝屋川ヴィンテージでのライブで対バンしたのだ!
ほんと今思い出しても鮮明に覚えている。
なめたバンドだった 笑
入り時間も大幅に遅れて来ては、ヘラヘラちゃらんぽらんな軽い感じで「ちゃ~すっ!」
会場雰囲気
しーん…。
何このバンド⁈
なめすぎてる‼ 怒
サングラスかけたままのジンは南国に来たかのようなテンション(今もだが…。)
二回目の出会いは印象がとても悪かった。 しかし、話してみたらヤギちゃんなんて物腰低くてベビーフェイス少年だった。
しょうちゃんはおとなしく、賢そうな人という印象。たかさんはやはり無二の男前。他のバンドとも比べても別格の男前。
ジンも悪気の無い明るく素直な印象だった。
そんな彼等が嫌いではなかった。
ノリがとても僕の地元の友達に似ていたからだ。
そして、何年か月日が経ち、彼等達も時を経てすでにバンド自体の拠点を東京に移していた。
BPの東京公演時もよくジンやヤギちゃんが観に来てくれていて、ジンの車の中で、CHILDが今やっている曲を聴かせてくれたのを覚えている。
彼等の楽曲は僕の中ではこのインディーズ界ダントツのNo.1‼
本当にいい楽曲だった。
涙腺が緩んだ。
関西時代の楽曲から更に進化し、パワーアップし、歌を中心としたメジャー感たっぷりのバンドに成長していた。
(周りはパフォーマンスが過激で人気のあるバンドはいたけど、楽曲が弱かった。CHILDの楽曲はメジャーに通用するバンドだと思った。)
彼等はすでにメジャーからワンショットで一枚CDを出していた。
何もかも凄く見えた。関西バンドが東京に進出して一線でやっている事が凄く輝き羨ましかった。
そして、そんなジンの存在を思い出したのだ‼
早速電話。
「はいはい」と八百屋の親父みたいなハスキーボイス。
「久しぶり。ユウスケ。ギガスレイブの。」
「おーっおーっ!久しぶりやなー!」
と久しぶりの会話に話も弾んだ。
バンドが解散して、東京に一人で勝負しに来た話を聞いてくれた。
久々のミュージシャンとの会話に何故か凄く嬉しかった。関西で知り合った人間は何故か親近感があった。→ホームシックでした 情けない…。
そして、早速会う事になった!
ここからが東京ゴニョゴニョ生活から一転、CHILDとの出会い、この東京で音楽をする意味が出て来たのだ!
続く…。
なにわを去り
東京で勝負
iPhoneからの投稿
大阪時代先輩に誘われ、一緒に一日限定カバーバンドをやった事があった。
恥ずかしい話だけど、僕の携帯アドレスにはバンドマンがジンしか居なかったのだ。
なんかどうもバンドマンの人達とは馴染めなかった→あんなにヘビメタやってライブ活動してたのにね 汗笑
ジンとは唯一タメでノリが合い、なにか気があった。
だからジンとは連絡先を交換したんだと思う。
そんなジンはCHILDというバンドのリーダー。
彼等はフィールドこそビジュアル系畑だったが(その時代はそういうバンドばっかりだった)、独自のパンクロックを武器に、無二の存在と化していた。曲は殆ど早い2ビートでメロディアスだったのを覚えている。
ボーカルのたかさんはこの界隈でダントツの男前、ギターのヤギちゃんは小柄のギターヒーロー、ベースのしょうちゃんも小顔クールフェイスジェントルマン、ジンはコワモテ三枚目キャラ 笑
彼等のキャラクターは素晴らしかった。
初の出会いは、以前にも書いたギガスレ寝屋川ライブで偶然観てくれたのが出会い。
そこから、何回目かの寝屋川ヴィンテージでのライブで対バンしたのだ!
ほんと今思い出しても鮮明に覚えている。
なめたバンドだった 笑
入り時間も大幅に遅れて来ては、ヘラヘラちゃらんぽらんな軽い感じで「ちゃ~すっ!」
会場雰囲気
しーん…。
何このバンド⁈
なめすぎてる‼ 怒
サングラスかけたままのジンは南国に来たかのようなテンション(今もだが…。)
二回目の出会いは印象がとても悪かった。 しかし、話してみたらヤギちゃんなんて物腰低くてベビーフェイス少年だった。
しょうちゃんはおとなしく、賢そうな人という印象。たかさんはやはり無二の男前。他のバンドとも比べても別格の男前。
ジンも悪気の無い明るく素直な印象だった。
そんな彼等が嫌いではなかった。
ノリがとても僕の地元の友達に似ていたからだ。
そして、何年か月日が経ち、彼等達も時を経てすでにバンド自体の拠点を東京に移していた。
BPの東京公演時もよくジンやヤギちゃんが観に来てくれていて、ジンの車の中で、CHILDが今やっている曲を聴かせてくれたのを覚えている。
彼等の楽曲は僕の中ではこのインディーズ界ダントツのNo.1‼
本当にいい楽曲だった。
涙腺が緩んだ。
関西時代の楽曲から更に進化し、パワーアップし、歌を中心としたメジャー感たっぷりのバンドに成長していた。
(周りはパフォーマンスが過激で人気のあるバンドはいたけど、楽曲が弱かった。CHILDの楽曲はメジャーに通用するバンドだと思った。)
彼等はすでにメジャーからワンショットで一枚CDを出していた。
何もかも凄く見えた。関西バンドが東京に進出して一線でやっている事が凄く輝き羨ましかった。
そして、そんなジンの存在を思い出したのだ‼
早速電話。
「はいはい」と八百屋の親父みたいなハスキーボイス。
「久しぶり。ユウスケ。ギガスレイブの。」
「おーっおーっ!久しぶりやなー!」
と久しぶりの会話に話も弾んだ。
バンドが解散して、東京に一人で勝負しに来た話を聞いてくれた。
久々のミュージシャンとの会話に何故か凄く嬉しかった。関西で知り合った人間は何故か親近感があった。→ホームシックでした 情けない…。
そして、早速会う事になった!
ここからが東京ゴニョゴニョ生活から一転、CHILDとの出会い、この東京で音楽をする意味が出て来たのだ!
続く…。
なにわを去り
東京で勝負
iPhoneからの投稿

