もう一つ、洋の東西におけるクラシック音楽の違いをご紹介しましょう。

日本と欧州全く違う演奏会は、ベートーベンの交響曲9番(合唱)への取り組み方です。


日本なら、皆さんご存知の通り、年末になるとこれ1曲だけ演奏するコンサートが集中しますね。


向こうは夏のシーズン中に、普通の曲として演奏されます。

プログラムも「第九のみ」ということはありません。

45分~50分しかかからない「第九」は、「休憩後の一曲」に過ぎないのです。


実際に筆者が聴いたコンサートは、テムズ川南岸のロイヤル・フェスティバル・ホールにおける女王陛下の(ロイヤル)フィルハーモニックの演奏でした。

午後7時に始まった最初の曲はベートーヴェンの「エグモント序曲」、次がモーツアルトの交響曲45番、そして休憩が入って丁度1時間後に「第九」が演奏されるプログラムでした。


8時に第一楽章がスタートした時は既に合唱団が並んでおり、演奏中の中断もソロイストが入る2楽章後のほんの1分ほどでした。で、50分程の演奏の後、拍手喝采が数分続いたものの、終わりは丁度9時です。

こんな演奏会を普通にこなす彼らの体力の凄さが良く分かりました。


日本は?

7時半に第一楽章が始まり、第二楽章後に合唱団がぞろぞろと入って10分(?)ほど中断し、それからソロイストが入って拍手、で第三楽章と第四楽章が演奏されて、拍手喝采の終わりが8時25分から40分の間・・・といった感じでしょうか。


筆者の勝手な感想では、日本では音楽を聴くと言うよりも、年末の雰囲気を味わう意味合いが強い気がします。

こんな感想を持つのは、私1人だけでしょうか?

もっと普通に演れば良いのに。

特別扱いするということは、身についていないということの裏返しだと思えば納得できます。


 筆者は1986年末から6年間、英国に赴任した経験がありますが、現地のコンサートの思い出をご紹介します。


現地の生活にも慣れた1989から91年の間、春から夏にかけてコンサートやリサイタルを楽しむことができました。

有名な音楽家も随分と聞かせていただきました。


オイストラッフの息子のイーゴル夫妻のヴァイオリンとピアノ(旦那の音が抜群に綺麗だったが、奥さんの器の方が大きそうだった)、

女性がコンサートマスターを勤めるアカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールド、

おまけは合奏パートも1人ずつしかいない現地のチェンバー・オーケストラのブランデンブルク協奏曲、等々、激務(客先における日本人スタッフだけの残業と、自分の会社の事務処理)で疲れた心を和ませていただきました。



最も印象的だったのは、ドイツのバリトン歌手2人、ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウとヘルマン・プライの違いです。

2人に共通していたのは声の柔らかさと「半倍音」の共鳴ですが、決定的な違いがありました。


フィッシャー・ディースカウは、歩き方がスッスッとスマートで、滑らかな歌い方で、高い声を出す時は背伸びするタイプです。

彼のイメージをスポーツマンに例えると、アメフトのクォーターバック、つまり司令塔です。


これに対して、ヘルマン・プライはノッシノッシと歩き、低い響きの声を聞かせる歌い方で、高い声を出す時は逆に沈むタイプです。高い音域になるほど、膝を緩めて身体を低くするのです。

受け取るイメージは、「どすこい、どすこい」の相撲取りか、プロレスラーです。

同じ世界トップクラスでも、こんな個性の違いがあるものでした。


それにしても、彼らの生の声は日本で聞いて親しんだレコード録音の声とは全く違う響きでした。


半倍音、1/4倍音(オクターブ下、2オクターブ下)の声が共鳴して混じった重厚な声は、ハイファイ・ステレオでは録音も再生もできないことが良く分かりました。

日本人にはひっくり返っても真似できない声です。

音を拾うだけで「歌える」と思って楽しむ素人と、玄人の世界の違いを思い知らされたものです。


 最近、筆者が困っていると同時に、ちょっと楽しんでいることがあります。


昨年秋ですが、こんなことがありました。


ある土曜日、ITコンサルティングのためにクライアント先を訪れた時のこと、丁度社長さんがオープンスペースの応接セットで来客らしいお二人と話しをされていました。 

社長さんと目が会ったのでご挨拶しようと思い、そちらに近づいていった所、急にお客様の1人が立ち上がって直立不動の姿勢になりました。


「あれ、何かな?」と思った瞬間、社長さんが私に「こんちわー、ご苦労様でーす。」と声をかけてくれました。

それで気が付いたのか、立ち上がったお客様、「あー、びっくりした。T総裁だと思った。」とハンカチで額を拭いて苦笑い・・・


そうかと思うと、ある日、独立した息子から一言だけの携帯メール。「ウーム、似ているなー。」


全くの偶然なのですが、実はこの1年あまり、『自民党のT総裁』に似ていると言われているのです。

確かに自分でも、最近のニュースで彼が出てくるたびに、「2・3年前のオレだ」と笑ってしまいます。


こんなことなので、最近は夜の街を騒ぎ回らないように注意しています。

大酒をきこしめした方々に、「オイ、ちゃんと政治やれよ、こんな所をうろつくな。」とでも怒られたら、筆者だけでなく、総裁にも迷惑をかけてしまいそうです。 人違いと説明しても、かえってカラまれそうだし。


それにしても彼は若く見えますね。

確か、総裁の方が筆者より5歳位上のハズですが、人の上に立って色々と考える立場の方は若返るのではないでしょうか。


と言うことで、あまりにも似ている写真を載せて「ニセモノ」と思われるのも嫌なので、私の自己紹介ページの写真は少し古いものを掲載しています。

悪しからず、ご了承下さい(笑)。