8月、学校は夏休みですね。


子供のために自分から何かをやったことがない筆者が唯一(?)、自から子供のために行ったことが、中学3年の長男を、夏休みの社会勉強のために、キルギスに連れて行ったことです。


いつものルートで、成田 ⇒ モスクワ ⇒ アルマーティを飛行機、そこから首都ビシュケクまで車の移動でした。
山形県酒田市の自宅からの出発を含めると、まる2日の移動だったのですが、流石に若い息子は疲れた様子も見せませんでした。


写真の通り、ビシュケクからは天山山脈の支脈が果てしなく見えていたものです。


ショパンを弾きたいITコンサルのブログ-1.ビシュケク市街と天山山脈の支脈

  (写真1: ビシュケク市内の高層階からの眺め)



ビシュケクの住処は、市の中心部、音楽ホールの横にあるアパートの一室です。

下の写真でお分かりの通り、市の主要な建物は1区画(ブロック)毎に1棟ずつ作ります。

(見かけが立派なのは良いが、仕事をするには、隣までの時間がかかりすぎます。)


ショパンを弾きたいITコンサルのブログ-2.音楽ホールと英雄マナス像、我々のアパート

  写真2: ビシュケクの冬、音楽ホール(左)、マナス像(中央)、アパート(右)



到着日夕方は挨拶代りの小宴で、同じ年頃の子供数人に集まってもらい、挨拶と打合せを行いました。


この時にとても役に立ったお土産は、子供のTシャツでした。
ご存知の通り、子供はすぐに大きくなって服が着れなくなるので、我が家にはきれいな「おさがり」シャツが一杯ありました。

これを現地の子供にお土産として持って行ってお母さん達に喜んでもらった訳です。
聞いた話では、日本の靴下やストッキング類も大モテだったそうで、現地で彼女を作りたい人は荷物に入れたとか・・・ (筆者は子連れでしたので、その話しはあてはまりません。念の為。)


翌日から筆者が仕事をしている間は、英語を話せる男の子ティムール(通称ティマ)に市内を案内してもらうことにしました。ミュージアムや図書館を案内してもらったそうですが、ロシア語の本を見てどう思ったことか?


週末は、同国の伝説上の英雄マナスの生誕1000年祭の催しがあったり、

イシク湖のほとりまで行って、テントの家ユルタに泊まり、満天の星の多さに驚いたり・・・

(向こうは標高が高い上に空気が澄んでいるので、見える星の数が日本の3倍位と感じました。)


あれから14・5年経ち、14歳だった長男は28歳になりました。

12歳だったティムールも26歳になっていますが、どうしていることか?


先日のキルギス暴動で不幸な目に会っていないように祈るだけです。

 日本の高速道路で制限時速を33Km/hオーバーして警察に見つかると、どうなるでしょうか?

(どなたかお教え下さい。)

大分前になりますが、実は筆者が免許取立ての頃、英国でこの事態に陥りました。


正規の免許が嬉しくて車を買いました。ホンダのアコードです。

1980年代後半はホンダの全盛期と言ってよく、本田宗一郎氏もご健在で、F1レースもセナとプロストの2人で連戦連勝。 ロータリー・エンジン禁止も何のその、という感じの頃です。


この頃の輸出用アコードは、鉄板がドイツ車より大分薄い感じがするものの、エンジンはすこぶる元気で、運転するのが楽しい車でした。


で、新しい免許と車を手に入れた筆者、新米ドライバながらも毎週末、高速道路に挑戦したものです。


自分の車にも高速道路にも少し慣れた、2ヶ月後くらいだったと思います。

元気の良い車に気分を良くして、10分位145Km/hで追い越し車線をずっと走っていました。

現地の制限速度は70マイル/hで、1.6倍して112Km/hだから、33Km/h制限オーバーです。


すると突然、後ろについていた車の、その後ろから「ピカピカッ」とパッシングです。

それが何とBMWの覆面パトカーです。逃げることなど、思いもよりません。


「ウッヒャー、33Km/hオーバーか。罰金どれ位とられるかな。」と思いながら減速して走行車線に移り、さらに路肩に寄せて停止する覚悟をしました。


その、BMWの覆面パトカー、当然筆者の車の前を遮って「止まれ」の合図をすると思ったら ・・・ 


何と我車には目もくれず、急激に200Km/h以上に加速してずーっと先に行ってしまいました。


不思議に思いながら20分位走って、そのパトカーが止まっているのを見つけたのですが、

見るからに古い、整備不良らしい車を取り締まっている所でした。

なるほど、英国は危険な車を取り締まる国なのだと感じたものです。


筆者が取締りの対象にならなかった理由を今考えてみると・・・

スピードオーバーではあっても、交通の流れに乗った走行であって、周囲に危険がなかったからだと思います。


現地の運転教習所ではよく、「Read the traffic. (流れを読め)」と教えられます。

同じ道路上を走っている他の車の走行を乱さないことが安全運転の第一歩ということです。


想像するに、流れを乱さなければ少々のスピード違反は大目に見ようということらしいです。

但し、事故を起こした時は、それだけ責任が重くなることは覚悟しなさい、ということでもあります。

「赤信号、自己責任で渡るべし」と似た発想です。


それでは、無限に大目に見られたのかというと、そんなことはありません。

よく目にしたニュースは、「どこそこの貴族が100マイル/h(160km/h)のスピードで走って警察に逮捕された。」と言うものでした。

人間の制御能力を基準に決められた感があります。


日本のように見かけだけ厳しく法を運用すると、「他人が見ている所では規則を守り、誰も見ていなければ規則を破って知らん顔。」という風潮になってしまうのではないでしょうか。


法律そのものも大事ですが、運用基準も意外に重要なもののようです。

 もうすぐ旧盆ですね。

ビジネスマンの皆さんも夏休みシーズンで帰省されることでしょう。


高速料金1,000円のお陰で、車で帰省や旅行をされる方が増えるでしょうが、・・・ 心配は交通事故です。


日本の運転方法は、長距離高速運転に向かないのです。そういうトレーニングをされていないので、危なくてしようがない。


筆者は34歳の時、英国で運転免許を取りました。

現地で初めてハンドルを握ったのですが、現地の運転の指導はすごく現実的なもので、高速運転も十分に想定されたものした。


徹底するのは安全に対する考え方です。

 1.自分の車両が安全であることを常に確認する。

   (自分の車が安全であれば、他の車に危害を加える心配がないということです。)


 2.歩行者に対する危険行為をしない。

   (特に歩行者がそばに居る時はバックしない。 これは実技試験で厳しくチェックされます。)


具体的に「自分の車両の安全確認」とは何でしょうか?


それは、『後ろから自分の死角(左右の斜め後ろ)に入ってくる車の有無を絶えずチェックする』ことです。


そのために、後ろが綺麗に見えるようにルームミラーをセットし、3~5秒毎に目を動かしてルームミラーに写る後ろの動向を頭に入れるのです。

実技試験では、顔まで動かしてルームミラーを見ていることを示さなければなりません。


免許書き換え制度がなかった頃(1970年代まではそうだったと思います)は、日本の免許を現地のものに書き換えるために実技試験を受けなければならなかったそうですが、これで実際に不合格になった人が居ました。

それも日本での運転に慣れて、ルームミラーをチラ見しかしなかった人ほど「いい加減だ」と評価されたそうです。

それほど向こうは「自分の安全確認」にうるさいのです。


ルームミラーで後ろをチェックする方式は、大きな余得があります。

・まず、常に目と頭を動かすため、眠くならないことです。

・それに、自分の周りの状況が分かっているので、車線変更が実に楽です。

・各車が安定して走行でき、左側の車線に寄る車が増えるので、全体の流れがスムーズになります。

 (右端の追い越し車線は、本当に追い越しする時しか使わないのが鉄則です。)



皆さんの高速運転はどうでしょうか?


日本でルームミラーで後ろをチェックしている人は殆ど居ませんね。

じっと前を見ているだけ。

つまり、自分の車の安全を周囲の車に依存していることになります。

これでは車線変更は無理で、皆が追い越し車線に居座ることになります。その分、道路全体の通交量も小さくなります。


それよりも、何よりも居眠りをし易くなることが大問題です。

早朝に起こるトラックの事故はきっと多くが居眠り運転でしょう。じっと前を見ているだけでは、眠くならない方がおかしい位です。


皆さん、目玉を動かす運転方法を習得しましょう。

そうすれば、居眠り運転が減り、交通事故も減り、そして車線間の分散が適正になるので各車の所要時間も短くなります。