青空文庫は時々お世話になることがあったのだが,今日,偶々その創始者の一人,故冨田倫生さんのインタビュー記事を読む機会があった.http://www.tomita-michio.jp/aozora/1368.html
この冨田さんという方は,私より6年若いのだが(広大附属の後輩にあたる),最初ちょうどパソコンが1980年代に一般に普及しだして1990年代にインターネットが始まるころに編集プロダクションに所属しながらパソコン関連の記事を書いたりしておられた.その後独立してフリーライターをされ『パソコン創世記』という本を出したものの,出版社の都合で残部を処分される経験をされた.丁度その頃インターネットでのファイルのやり取りが可能になり,版権のなくなった本を誰でも読めるようにすることを偶々同じ考えを持つ4人の方と相談して青空文庫を作った経緯が書かれている.1990年頃C型肝炎,2002年以降は肝臓?がんを患われたが活動をずっと続けられ,結局2013年夏に亡くなった.
久しぶりに青空文庫を覗いてみると,随分増えていた.毎年版権がなくなる著者の著作を数多くの方々が電子化に協力して文庫が充実している.中谷宇吉郎も現在で116件で,作業中が48件とのこと.先月アップされた「英国の物理学会と物理学者」[1937年)を読んでみた.http://www.aozora.gr.jp/cards/001569/files/57863_63337.html
中谷宇吉郎がケンブリッジのキャベンデイッシュ研究所に滞在した話を中心に生の経験を書いていて面白い.ちょうど原子核の構造が解明された時期の話で,中谷は特に霧箱のCTRウイルソンと質量分析計のアストンとの交流について書いていて生々しい.中谷さんの文章にしては珍しく皮肉っぽく書かれている処があった.北海道の日食観測でアストンが真面目に予行をしたことについて科学に記事を書いたら,別の日本研究者が我々だって,と云う文句が聞こえてきて,その方がノーベル賞をとって同じようにしたらお叱りを受けるがそれには時間が掛かりそうだと書いてある.
ケンブリッジを中心とする英国が実験的に原子核の構造を解明し,ドイツが量子力学を打ち立て,その頃大きなエネルギーの実験の中心は米国に移っていた.キャベンデイッシュ研究所の所長のラザフォードが亡くなり,この後どうなるか,という処でこの文章は終わっている.(1937年頃の話).
この後,キャベンデイッシュ研究所の所長は1915年にノーベル賞を受けていたローレンス・ブラッグが引き継いで,大戦後,マーテイン・ライルやヒューイッシュのX線天文学とワトソン・クリックの二重らせん・生化学を誕生させた話につながるのだろう.
英国の物理学のKeywordは’Interesting'とのこと.