夜行の太古フェリー、博多港23:45発で、結構混み合っていた。明け方目が覚めデッキに出ると、中通島と若松島の間の狭く長い海峡に入った処で、景色を楽しめた。幅300-1000m,長さ15km程度。
08時過ぎに福江港に着き、バスで鬼岳展望台へ。30分余り歩いて鬼岳頂上へ。空路で来られたtaketoさんとkeijiさんは別にokunoさんが出迎え、鬼岳頂上で落ち合う。鬼岳のスコリア丘は比高200m、底径1kmで北に向って開いており、恐らく北に流れた溶岩流が北側の部分をラフトとして崩し運んだとのこと。約1.8万年。柵山さんに聞いたら、丘は数年に一度、山焼きをしているとのことで地形が見易くなっており、斜面の下の部分が少し波打っており、侵食が始まっている。
2番目は、南東端の箕岳火山の海岸に見られる堆積物。陸に向って傾いた溶岩流と、火山弾を多く含むアグルチネイト、その北側にサージ堆積物と土石流堆積物で、関係が分かり難い。
3番目の露頭は、鐙瀬の海岸線で、数mから数十mのスコリアラフトを載せた溶岩流。灰長石の2cm程度の巨晶を含む。4番目はこの地域で最も古い溶岩流の一つである増田溶岩流で粗い柱状節理を呈する。フェンスがあったが、左端から藪に入ってサンプルを取ったが、灰色、無斑晶質な溶岩。5番目の富江溶岩、東海岸の公園で御弁当。kinosita先生が元々素粒子の研究をされておられた話を伺う。富江溶岩は流動性に富んだソレアイトで、パホエホエでガラスラインドが失われている。
6番目は、富江溶岩の中程にある井坑と呼ばれる溶岩トンネル。南に向かって下っているそうで、400mi行くと海に入ってしまうとのこと。昔は中に入れたが、今は立ち入り禁止。tibaさんは馴れておられると見え少し中を見てこられていた。説明看板によると、中にゴトウメクラチビゴミムシという虫が見つかっているとのこと。放禁用語が2つも入っていると言って皆盛りあがる。
1時間ほどバスに揺られて、7番目は京ケ岳南端、魚藍菩薩のある展望所で、京ケ岳全体の盾状火山の地形を見る。向かいにサージ堆積物の写真が見事な嵯峨ノ島を見て皆垂涎の面持ち。その後、貝津漁港の横で溶岩流を観察。segregation vein,voidが発達している。京ケ岳溶岩は2枚確認できているとのことで、最もシリカに富み玄武岩質安山岩。
8番目は最もアルカリに富む岐宿溶岩で、北端の海岸線で見た。
いろいろ議論でき、面白い産状が見れた。多数の人は飛行機で帰られた。学生数名と、他数名が泊まる。夜は鉄平というお店で数人でお喋りできた。yamasita君なかなか積極的、桜島溶岩の斑晶のcsdをやっているとのこと。ポスターを火山学会の会場で少し見ていたのだがその場では議論できなかったがここで少し話を聞けた。Hamadaさんはcolumnar joint(entablature)の実験で苦労されているようだ。お師匠さんとは少し話して、Long&Woodの外来水の影響についてネガティブなご意見だったようだが、富士や多くの溶岩流でcolumnar jointの極めて弱い場合をどのように説明するのかちょっと疑問に思った。HamadaさんもIcelandではある程度水の影響が常識になっていることを云っておられた。今噴いているBardarbungaの溶岩流でどのような節理が発達しつつあるものか、理論体系がしっかりしていれば予測できるのだと思う。翌日、多数は太古フェリーで博多に戻るとのことで、私はレンタカーを借りてsumitaさんと先山崎のサージを見に行って、それがhyaloclastiteであることを教わる。昨年新潟大でhansと実施されたpyroclastic rock petrography courseでもそのような石の薄片鑑定をしたとのことだが、水中で破砕した堆積物粒子はガラス質で空中破砕のものと全然違うそうだ。薄片製作用にサンプル採取。10時過ぎに空港にお送りしたが、40年近い知人であるhansのことや、キールに行って21年になる話を少し聞かせてもらえた。その後、自分の今回の狙いである、花崗岩の採取に北東側に行く。浦頭の採土場と、浜泊で採取できた。13時過ぎのジェットフォイルで長崎へ。途中、蠑螺島の西海岸の一部に割と立派な柱状節理が見られた。長崎港から、長崎バスターミナルに出て空港へ、スカイマークで神戸へ。数えたら8泊9日の留守で、何時の間にか神戸の人々は冬の服装になっていた。