ツイートで鹿園直建氏が22日に亡くなったのを知った。

学部と修士の4年間同じ学科だった。それほど一緒に何かした記憶はないのだが、クラスが12名で3年次は一緒に学生実験、巡検や進論(宿は別)を行ったので身近だった。昨年の地球惑星連合大会で顔を会わせて「元気?」「まあなんとかね、じゃ」程度で相変わらず忙しそうにして元気な印象だったので,突然の知らせで「何で?」と思う。

彼は卒論では明延鉱山を調べていたと思う。私は神戸に住むようになって、家族と出掛けて現在は殆ど何も残っていない明延鉱山付近を通ったことがあるが、彼を思い出した。同じ熱水性鉱床で近くの生野鉱山は坑道が残されて観光客が見れるようになっている。

学部の講義で渡邊武男先生は黒板に露頭やルートマップを描かれて楽しい授業だったが、たぶん、Arthur Holmes 'Principles of Physical Geology'の話をされ、その紹介を受けてクラスの数人が原著を購入した。結局、鹿園氏だけが最後まで通読したのは印象に残っている。私は興味のある箇所だけ読んで通読はあきらめた。

一人でコツコツデータを出して論文を書き続けて、そのうち慶応に移られ地球システムの教科書を書いたり、環境問題に関する論文を学生さん達と書くようになっていた。同じクラスで6名が大学や何らかの研究機関に就職したが、鹿園氏は論文数が圧倒的に多かった(特に単著論文)。そういえば、進級論文ははじめて英語で書くものだったが、鹿園氏の進論は圧倒的に厚かった。

昔の写真が手許にないが、島崎英彦先生の『石の上にも五十年』『続・石の上にも五十年』に鹿園氏や昔の東大地質学教室の人々の写真があるので簡単に見れて有難い。

これで、12人居たクラスから2名が亡くなったことになる。定年になると何時何が起こるかわからない気持ちでいるが、昔の仲間が抜けるのは寂しい。鹿園直建氏のご冥福をお祈りします。