昨日で雲仙岳火砕流災害から20年.
専門家から見ると必ずしも規模は大きな火砕流ではなかったが,当時現地で最初に認知された火砕流と比べると6月3日,8日の火砕流は「大火砕流」だったのだろう.
北上木場の高台を定点として観察していて,火砕流の本体は谷を走ったが,運悪く風向きがその風下にあたって高温のサージで43人が亡くなった.その後何度か調査に行ったが,現場に石碑のようなものは作られているのか,知らない.慰霊碑はふもとにあるようだ.(お参りをした記憶はあるが何が書いてあるか忘れた)
それから3年余り,火砕流が1万回近く流れ,日常的に灰が降る状況が続いた.

あの噴火の観測は詳細に行われ,JVGRに1999年の特集が出された.また,1999-2004年に振興調整費による雲仙科学掘削が実施されて,その特集号は2008年JVGRに出版されている.あの時九大助手で活躍されたNakadaさんは今は東大教授・日本火山学会長・国際火山学会長だ.
噴火全体のモデルとしては僅かに,Maeda(2000JVGR)の非線形火道変形モデルによる噴出率の変動をシミュレートしたものがあるが,マグマの粘性等の扱いは実際に即していないのでその改良がされるべきなのだろう.
1980-1986年に山体崩壊からプリニー式噴火と溶岩ドーム流出したMt.St.Helensは2004年からまたドームが再生しているが,雲仙岳の溶岩ドームも何故止まったのか,必ずしも明快に議論されていないように思う.
基本的にはStasiuk et al.(1993)のモデルから,マグマ溜り圧の減少,火道浅部での地下水による冷却狭小化,マグマの結晶化による粘性率増加,ドーム荷重による噴出率の抑制,といった4つのパラメータが働いたと考えられるが,それらの総体的な役割の評価はされていない.過剰圧自体が殆どゼロになったのなら再噴火はないだろうが,他の原因が主要だったら,なんかのきっかけで再噴火する可能性がないとは云えないだろう.
火山学が社会に役に立つためには,観測や噴出物の分析による静的な状態の把握だけでなく,地殻下部のマグマ溜りを含めた全体的な定量的なモデルを得てFoward modelingができるようになるのが,まず最初の一歩だろう.それができても,実際にはマグマ溜りから火道にかけてLocalな環境次第で噴火様式は結構変化しうるので実際に大噴火が起きる時にどの程度役に立つか判らない.ただ,雲仙岳1991-1995年噴火の途中で,この噴火があと何年で終息するか,がかなりの確率で予測できるモデルを得ることができてはじめて火山学に税金を使う正当な理由を持つことができるように思う.