火山学分野では、富士宝永噴火の江戸での降灰が記述されていることで有名な新井白石の「折りたく柴の記」を電車の行き帰りで一通り読むことができた。本当は専門の論文で読むべきものが多いのだが、頭の気分転換につい読んだ。

上・中・下に分かれて「富士山噴火」の記述は上の末尾にあり、その部分だけをつまみ読みしていたのだが、全体を通して読むと、この新井白石という人物が江戸時代の中期に果たした役割が理解できる。上は将軍仕官前の五代綱吉の時代(~1709年)、中は仕官し密接な関係があった六代将軍家宣の時代(1709-1712年)、下は続いて仕官した七代将軍家継(幼少)の時代(1713-1716年)、でこの「折たく柴の記」が書かれたのは八代将軍吉宗の代になって白石が罷免されてから浪人暮らしの中、比較的短時間で書かれたもののようだ。

読む限り、白石は身分的には高くはなかったが,若い時分から得た学識は圧倒的だったようで、江戸城での重要な判断について将軍から意見を求められると過去の中国および日本国内の事例を参考にしながら合理的な判断をしていたことが書かれている。人事、財政、訴訟、等々日常あらゆることについて記されている。他に筋を通す人物が居ない中で自分の考えを明瞭に述べていたようで、歴史上どのように評価されているかは知らないが、理詰めの精神を持っていたことが印象的だ。

自然現象では宝永噴火の記述は有名だが、同じ頃の宝永大地震については簡単にしか触れていなくてこの地震(日本有史最大M)は江戸では殆ど影響がなかったようだ。むしろその前にあった1703年の元禄地震(関東大地震と同じ発震機構)については江戸での惨状が6頁(訳書)にわたって記されている。