’宇品’という地名がどの程度人口に膾炙されているか知らないが、多くの広島人にとっては広島の港のある処で宮島、似島、江田島へ渡る船を使ったり、向宇品の海岸を散歩したり馴染んだ地名だろう。副題に「陸軍船舶司令官たちのヒロシマ」とあって、そうか、海軍は呉で陸軍が宇品か、と気付かされる。一月ほど前に本屋で平積みにされているのを見て即買い、この一週間で一通り読み終えたのだが、田尻昌司中将と佐伯文朗中将を軸に太平洋戦争を時間を追って宇品を中心に描かれている。100以上の貴重な文献が巻末にあるが、歴史の専門家から見ても貴重な資料が多岐に使われている内容のようだ。ボケ始めた老人の頭にとっては朧な印象しか残っていないのだが、知らないことばかりで読んで良かったと思った。

 

序章(9頁)、第一章:「船舶の神」の手記(26)、第二章:陸軍が船を持った(36)、第三章:上陸戦に備えよ(30)、第四章:七了口奇襲作戦(39)、第五章:国家の命運(37)、第六章:不審火(36)、第七章:「ナントカナル」の戦争計画(45)、第八章:砂上の楼閣(26)、第九章:船乗りたちの挽歌(44)、第十章:輸送から特攻へ(44)、第十一章:爆心(50)、終章(14)。

 

最初の2章は陸軍が船を持つに至った経緯、第三・四章は田尻昌司が司令として用船の不十分なことを認識して大発等の船からの荷揚げに必要な用船を考え、優秀な技術者である市原健蔵技師を見出して徴用船もあわせ全体の流れがうまくいくように工夫をしていく。第五章では現場での陸軍の人・荷物の流れを確保させるために必要な内容を田尻が陸軍上層部へ意見具申をおこなう。第六章では、宇品の陸軍の建物で不審火が生じて田沼は責任をとって退役。第七章は太平洋戦争の開戦の経緯。今と同じで精神論で物的・人的動線はおきざり。第九章はガダルカナルの惨状。第十章はそれまでの輸送で攻めるのは無理となり特攻へ。第十章は広島への原爆投下。この時、田尻も佐伯も生き延び、1911年の関東大震災の経験が生き悲惨な爆心地への救護等の動きをいち早くすることができたことが書かれている。(ボケ頭なのでいい加減です)

 

本の帯に、「なぜヒロシマに投下されなくてはならなかったか」とあり、広島は当時鉄道の終点で陸軍の乗船地であったことがその理由。それなりの必然があった。歴史の教師をしている娘に聞いたら、そのことは知ってるよとのこと。授業でやっているのかは聞き損なった。