31年前の1月17日早朝。結婚してちょうど1年で、さいたま市での新しい生活にようやく慣れたころでした。

 

テレビのニュース画面をみて、凍り付いたように動けなくなったことを覚えています。

 

阪神淡路大震災の記憶はまだ鮮明に残っています。あれから31年。

 

震災後数週間して、阪急電車で行けるところまで、という気持ちで現地に行きましたが、街全体が斜めになり同じ方向に傾いていた風景、本体が完全に破壊され屋根だけになった神社など、衝撃的な場面ばかりでした。

 

幸いにして、私の関係者や知人の被害は少なかったものの、復興に向けた取り組みにはできるだけ協力することになりました。

自治会でも募金を集めたり、物資を送ったり、できることをやろうという意識が全国で自然に発生しました。

 

あの経験が、その後の震災や大規模災害に活かされています。

 

地震列島日本で生活する以上、避けては通れないことです。日ごろの備えをあらためて見直す必要がありますね。