そもそもこの話は「音」を扱う「音楽」だけの問題なのだろうか。素材はこれだけではない。時間を含んだ空間に焦点を当てたいとずっと考えているのだが、その場合「即興的座標」とでも言えるのだろうか?この方がしっくりくるかもしれない。時間について考えるとき、木下和重さんの「セグメンツ」の考え方が僕は1番好きなのだが、セグメンツは時間を構造化する。つまり、時間を空間に見立てて把握する。ここでいう空間とは一体何か?空間の概念についても掘り下げたい。

また、もう一点掘り下げたいことがある。それは「基準点」の問題だ。物理的・概念的それぞれに空間が空間として存在するための基準点はどうしても存在し、それを意識して捉えたい。ゼロポイントか虚数点か。情報入手のための知覚の問題にも接続できる話だが、まずは基準点をクリアに見抜く技術が必要だ。
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何かを感じて、動く。普通のことのようだけどそれはしばしば自意識に邪魔をされがちだ。まずは「何かを感じる」ということをもう一度考えてみたい。純粋さを求めるのではなく、とても複雑なものをできるだけ複雑なものとして感受する。そのための方法は意外とシンプルだ。ある意味で物体としての自分に立ち返る。別の位相に移動するための基準点を設定するための方法の一つ。