hiroshi kato
  • 01Dec
    • 12/21 at Permian

      12月21日(土)@不動前 Permian(http://www.permian.tokyo)open/start 14:30/15:001000円〜2000円の任意出演TAGOMAGO+tamaruデュオ加藤裕士ソロ

  • 18Oct
    • 11/30 痕跡と祭壇

      2018年の秋口に、『上池袋anoxia』という自宅で運営しているスペースを通して知り合った方から栃木県足利市で開催されるパフォーマンス公演の情報を教えていただきました。私は栃木県佐野市に実家があり栃木県立足利高校に通っていたので、足利はとても馴染みのある土地であり、同時に「足利」と「芸術」があまり繋がらなくて驚きました。そのあといろいろ調べていき、2019年の6月に足利で開催されていた複数の展覧会を拝見しに足利を訪れました。そこで出会ったある作品に私は心の底から感動しました。音楽とは何だろうという事を私はずっと考えているのですが、つまるところ生命への敬意や感謝であり、演奏とは祈りそのものであるとしか考えられません。音楽の周囲には膨大な余剰物が付着しており、その一つ一つを剥ぎ取っていってようやく私にも当たり前のことが実感できるようになりました。もちろんこれは音楽に限らず芸術全般に言えることだと思います。物事はすべてが関係し合っています。無関係なことや世界から切り離されていることなどないはずだし、物質世界の範疇だけで収まることでもない。どこまでも途方も無い物事なので全体を見つめようとすることは難しいですが、「いま・ここ」という極小の一点であれば触れられるかもしれない。触れたいと願う気持ちを祈りとも呼ぶのではないでしょうか。私にとって足利や佐野の地は、私という人間の根幹に直結しています。そこで演奏をするということ。途方もない存在と対面するということ。---11月30日(土)『痕跡と祭壇』@栃木県足利市 茂右衛門蔵open/start 13:00/13:30入場無料出演加藤裕士アクセス東武伊勢崎線(特急りょうもう) 足利市駅より徒歩12分JR両毛線 足利駅より徒歩14分栃木県足利市大門通2371−1https://www.google.com/maps/place//data=!4m2!3m1!1s0x601f2225e57f7eb5:0x19dec44c34ae73e3!11m1!4b1?entry=s&sa=X&hl=ja-jp&ved=0ahUKEwi4xubO3u3kAhXTfd4KHVkNA8YQ4kAIUDAI

  • 16Oct
    • 11/1 at 306

      11月1日(金)@銀座 奥野ビル306号室(306project.web.fc2.com/index.htm)13:00〜21:00入場無料出演加藤裕士13:00〜21:00のあいだ十数回ソロを行います。この催しは「中央区まるごとミュージアム」の一環として開催します。

  • 26Sep
    • 10/16 at 306

      10月16日(水)@銀座 奥野ビル306号室(http://306project.web.fc2.com/index.htm)open/start 19:30/20:001000円出演加藤裕士

  • 13Sep
    • 9/20 at 306

      9月20日(金)@銀座 奥野ビル306号室(http://306project.web.fc2.com/index.htm)open/start 19:30/20:001000円出演加藤裕士

  • 03Aug
    • 8/30 at Permian

      8月30日(金)@不動前 Permian(http://www.permian.tokyo)open/start 19:30/20:001000円〜2000円出演田中慎太郎加藤裕士

  • 13Jul
    • 8/3 anoxia研究会〜物と声♯1〜

      8月3日(土)『anoxia研究会〜物と声♯1〜』12:45集合 13:00〜15:00入場無料集合:上池袋 anoxia(https://anoxia2018.hatenablog.com)※集合後、anoxiaから3分ほどの本会場に移動します。ジョン・ケージの作品を参照しながら音楽とは一体何かということについて考えてみます。

  • 10Jun
    • 6/22 anoxia研究会〜平家物語を語る〜

      6月22日(土)『anoxia研究会〜平家物語を語る〜』@上池袋 anoxia(https://anoxia2018.hatenablog.com)13:00〜15:00入場無料「吉村昭の平家物語」(講談社文庫)を主なテキストに、平宗盛を主軸として物語全体の面白さを語ります。(未読の方はネタバレ注意!)話し手藤崎泰祐

  • 06Jun
    • 音楽 3

      音の意味を聴く(音を記号として聴く)のではなく場全体の音のうねりを聴くことは、場に存在する力の交錯を聴くことであり、力の動きをもたらす物質の接触を聴くことである。そして演奏者は自身もそこにまたもう一つの力を与える存在として居る。ここまで考えてみて、私はやはり「場に存在する力の交錯」、つまり動きの海や、放電されたエネルギーの彷徨う様に特に興味を感じる。このような状態を体感したいし、その一部でありたい。これは私にとって非常に重要で、言語化はできなかったが音楽を始めた頃にもぼんやりとそんなことを考えていた。思考を進めると、「場に存在する力の交錯を捉えること」のために「音を記号として聴かない」ということが絶対必要な条件であるのかという疑問も感じる。もちろんその流れはとても分かりやすいが、ある種のエクササイズと見ることもできないだろうか?「音を記号として聴かない」聴き方によって「場に存在する力の交錯を捉えること」がスムーズにできるようになるが、そもそも場にはいついかなる時にも力の交錯はあり、それへの気づきを促してくれるものとして捉えることができる。「場に存在する力の交錯を捉えること」を中心に据えて考えてみると、そのための聴き方についてはまだまだいくつか別のやり方が浮かび上がってきそうだ。

  • 05Jun
    • 音楽 2

      音を媒介にして場に満ちている動きの連続を見つめる。そして自らがその動きの一部になる。このような状態からさらに考えを進めたい。そもそも動きとは何か。重力や磁力をはじめとするさまざまな「力」が空間には存在するが、音にも近い種類の力がある、とまずは仮定する。まるで放電のようにあらゆる物質はエネルギーを常に放出しているのだとすると、音にはそのエネルギーはないと見做すことは難しいだろう。そしてその動きの連続を見つめると、それぞれの粒子は常に接触し、関係し、また新たな動きを形作る。例として環境音を挙げよう。私は環境音を意識して聴いた時、先ほど述べたような力の動きの連続を目の当たりにしている感覚をしばしば得る。日常には音が大量に溢れているが、まず音の一つ一つから意味を聴きとることをやめて、一つ一つを単なる音として聴く。そしてその全体を単なる全体として聴く。すると単体で独立している音がまるで絡み合い、重なり合って何らかの塊として聴こえてくる。音同士はおそらく接触し合っといるのではないだろうか。接触の瞬間にもエネルギーが生じるし、動きそのものの正体ではないだろうか。つまり、何かと何かが接触することでうねりや塊のようなものが形作られる。接触すること(関係し合うこと)を聴いているのだと言うことができるのではないだろうか。

  • 04Jun
    • 音楽 1

      音を聴くということを掘り下げて考えてみる。聴くことはただ自然に行われるのではなく、ある意識づけや方法によるものだろう。むしろ、普段何となく「自然に」音を聴いていたとしても何らかの意識づけや方法に沿って聴いているのだと考えられ、まずはそこに気づくことが必要だ。そのうえの試行となる。音を聴くときに、鳴っている音が何であるか?そこにどんな意味があるのか?ということを判断しているかもしれない。また、聴きたい特定の音にフォーカスを合わせ、そこから溢れる音は聴き取ろうとしない。これは至極真っ当なことだと思う。例えば、道路を横断する際に何か通常発生しないような音が聞こえたら、その音が何であるかよく聞き、どんな意味なのか認知し、行動する必要がある。その一連の行為がないと事故にあってしまうリスクがある。だが、「音楽」においては必ずしもそのような聴き方をすることが正解だとは言えないのではないかと私は考えている。まず鳴っている音に意味づけをしないで聴いてみる。何かを特別扱いせず、できる限り全体の音の動きを俯瞰で聴いてみることはできないだろうか。すると音は絶えず動いていることに気づく。演奏する/演奏を聴くときも同様に演奏音だけではなく空間に鳴っている音全体を聴いてみると、演奏音と環境音は同じ価値の存在に思えるし、その地点からスタートする音楽について考えてみるのは有意義であるのではないだろうか。ここで注意したいのは、環境音を聴くことがそのまま音楽であると必ずしも言えないということだ。演奏音が特権的なものではないとしても、音が音楽に変容するためには人間の手による力を加えることが必要であるとすると、その力とは何だろうか。演奏者は何を演奏するのだろうか。少し前の話に戻ろう。空間には音の運動が常に存在している。そこに目を向けてみると、演奏者はまずはその動きの海に身を浸す必要がある。揺れや震えを全身の感覚器官を存分に活用して認知していく。聴覚だけの話ではないし、五感だけにも留まらないはずだ。そして、演奏者自身も動きの海そのものと一体化することができたら。演奏者は動きの海の観測者であり、それを構成する一部である。私はこの状態を実現させたいと考えている。

  • 15May
    • 5/22 at Ftarri

      5月22日 (水) 午後7時30分開場、8時開演浦裕幸 (パーカッション)、加藤裕士 (エレクトロニクス)、山田光 (サックス)、田上碧 (ヴォイス)予約・当日ともに 1,500円 (予約はポイント8倍)@Ftarri

  • 10May
    • 6/18 at Permian

      6月18日(火)@不動前 Permian(http://www.permian.tokyo)open/start 19:30/20:001000円〜2000円出演加藤一平加藤裕士

  • 05May
    • 6/12 消尽

      6月12日(水)『消尽』@銀座 奥野ビル306号室(http://306project.web.fc2.com/index.htm)open/start 19:30/20:001500円出演松本一哉加藤裕士「即興」という魔物を相手に泥沼の格闘を繰り広げるよりも「音楽を演奏すること」について考えてみたい。演奏行為のみに焦点を合わせてみると、手にした楽器/自分のいる空間/その場に存在する音などといったことは当然考えていかないといけないし、そこからさらに、自分の手とは何か/内と外という二項対立はあるのか/存在しない音/現実のように見える出来事が映し出されているスクリーンのようなものは固定されていないのではないか、といった問題にもつながる。もちろんまだ掘り下げられる。基本的に足元を掘り下げることしかやることはない。が、自分の足が接している面のどこまでも続くフラットな平面も気になる。まずは演奏してみないと何も始まらない。

    • 5/25 anoxia研究会〜ジャック・デリダ/声と現象と私〜

      5月25日(土)『anoxia研究会〜ジャック・デリダ/声と現象と私〜』@上池袋 anoxia(https://anoxia2018.hatenablog.com)13:00〜15:00入場無料テーマを設けて参加者みんなで考える会です。今回のテーマはジャック・デリダの『声と現象』です。入口でありラスボスです。話し手加藤裕士

  • 27Apr
    • 5/24 at Permian

      5月24日(金)@不動前 Permian(http://www.permian.tokyo)open/start 19:30/20:001000円〜2000円出演加藤裕士

    • 5/15 消尽

      5月15日(水)『消尽』@銀座 奥野ビル306号室(http://306project.web.fc2.com/index.htm)open/start 19:30/20:001000円出演加藤裕士

  • 09Apr
    • 4/24 at Permian

      4月24日(水)@不動前 Permian(http://www.permian.tokyo)open/start 19:30/20:001000円〜2000円出演加藤裕士

  • 29Mar
    • 4/21 off voice

      4月21日(日)『off voice』@上池袋 anoxia(https://anoxia2018.hatenablog.com)open/start 19:30/20:001500円出演津田貴司加藤裕士

    • 4/19 消尽

      4月19日(金)『消尽』@銀座 奥野ビル306号室(http://306project.web.fc2.com/index.htm)open/start 19:30/20:001500円出演増渕顕史加藤裕士