私が精神病になったのは、13歳の頃からおかしくなり、15歳で精神科にかかり入院を、しました。16歳で結婚 出産を、しました。19歳の頃また重くなり再入院して入退院の繰り返しを9回くらいしたのちこの先生なら、私の病気の事わかってくれると、思いつらい日もつづきました。それでも、その時は、今を、必死になって、生きていたと、思います。21歳の頃に、母親を、亡くし今までの自分の不甲斐なさを、とても、責めて、しっかりしよう。これからは、石川家で、生きるんだ、と  自分に  言い聞かせ今まできました。家庭では、病気なので、口には出せない事を、いいことに親のめんどうを、みたくない。家が散らかっていやだを、理由に、家出1年目お金くれた事なし、舅達が、畑を、していたのでそれで、なんとか給食費も、舅が、支払ってくれていたため助かりました。2年目7万いれるようになり3年目8万いれるようになり、それから私も障害者年金を、もらうようになり、なんとかやっていって  

 娘が結婚をして家で暮らす事になり夫も姑がなくなったら、平然として帰ってくるようになりそれでも、8万は、かわりませんでした。孫も生まれて楽しい日が続くとおもったら、夫の借金問題家出していた時の 宿泊代 飲み代  

おごり代 ギャンブル代 遊び代で 600万円の借金が、あると、いわれ それでも娘夫婦も、来たことだしと離婚を、思い止まり給料を、全額もらい借金返済3年間そして弁護にそうだんを、して、和解が、できました。そしたらこんどは、夫の糖尿病が、悪く入院を、します。お夫の親を、送り子育ても終わりつらい 人生の秋  

夫が家には帰らないと、行った時に、私は病気だから、働けない子供達を、どうやって養っていけばいいんだろう。この石川家でと、重い 自殺未遂  自分の息子が家を出て、勝手なことしているのに、嫁いびりもうこんな生活いやだ私だけが赤の他人と  自殺未遂  今まで今を、大切にしてきましたが、じんせいを、振り返るこころには、夫はつけが、まわったんだ。と正直思いました。でも人として今まで頑張って来た自分がいる  これから夫の主治医も、勉強を、してほしいと、過去はどうであれ今ある  命  を、どう受け止めて今後考えていきますか。と        

 問われたようで、私も出来る限りの事は、してあげると思います。でも自分が、人にされて嫌な事は他人にもしたくないというけれど、それが、夫では、ときっとこれから迷い考えて、それでも前向きに考えて今を、大切にいきるだろう。人生には、いろいろな事が多すぎる、その1つ1つを解決して生きているのがにんげんだと、思います。今までの事  述べましたが2人の子供は心の優しい子です。もう26歳と24歳になります。大きくなりました。これだけ努力して頑張って生きてきて障害者だけど我慢して一生懸命に生きていた。私は間違っていないと思う。だから離婚は、考えていません。今は夫の病気の理解と今後の暮らしの設計を、しようなんて思っています。人として貫く人生もいいかなと思います。大変た゛けど  生きると、いう事そして私は助かり生きてているから、語れる事  子供のまえでは、泣き顔はみせず夫の悪口もいいませんでした。だからあんないい子に育ってくれたのかなと思います。  夫も私の気持ちは分かっていると、思うと考えることにした。あなたとはけして呼べませんがお父さんとは、よべますね。障害をもちながらも、時には人の力を、かりて生きてきた人生今やっぱり今が、大事だと、思います。

峡西中央クリニック  受診4月30日  糖尿病検査の結果  入院を進められて山梨医大病院へ、5月10日に入院を、する事になって、います。病気が、あまり思わしくないと聞き、私もできる限りの事を、しようと、市の保健婦さんを、尋ねて、夫の事を、相談しました。夫は病院嫌いで、なかなか病院へ、行かないので、心配になり、前の務めていた会社の、健康調査の結果を、連絡を、取り 郵送してもらいその用紙を、持って健康センターへ、行き相談したところやはり病院へ受診したほうがよいと言われました。 そして私に出来る事  カロリーとかそういうのは、難しく覚えにくいので、簡単に、わかるように説明を、して欲しいと、話を、したら栄養士さんからもらった紙を、見せてくれて  試食ーご飯、パン、メン、  主採ー肉、魚、豆腐、豆、  副採ー野菜、貝類、海藻類                

汁ものーみそ汁、スープ、  もう一品ー果物  という組み合わせのもと作ってあげればいいと思います。といわれて、なんとかの気持ちで前に糖尿食を、作るには食器を一人一人のものを、100均で、買い揃えていたのが、ちょうどこの献立に、遭う食器を、買ったので、思わず  すごい  と思った。 それが、4月28日の事でした。それでも、娘が、どうしても、病院へ、連れていくと言って夫も考えたのでしょう。受診しました。その時中央クリニックの先生が糖尿病の事生活の事を、勉強してほしいと言いました。先生から、学んだ事、過去はどうであれ今ある命の大切さ尊さかけがえのなさを、教えてくれる医者だと、思いました。迷い悲しくなったりでも前向きに私なりに、やっていく事と思います。入院の持ち物も、一式新しいものです。買いました。あとは夫に手紙でも書こうと思います。これからだ  闘病生活も老後も、いい夫婦でいたいと思います。                  

昨日は余分に眠剤を、飲んで寝ました。朝薬の加減で少しボーットしたけれど日中やる事は出来ました。日中ウトウトする事も、なく良かったです。あまりの眠剤があるので飲みました。先生には正直なことを伝えて薬を強くするか寝付きの良い薬を夫の事が一段落したら行って受診するつもりです。私がしっかりしなければならないし調子を崩したら困るので、早めに受診は、したいと思います。このブログは、日々の出来事を、綴ったものです。今日パソコンの先生が来るので、障害者が主張出来るパソコンの使い方は、ないだろうか。そして、夫の闘病生活も綴ってみたいことを、話合って決めたいと思います。そしたらその結果をお教えしたいと思います。是非見て下さい。そして、パソコンの良さを、知って頂きたいと思います。今日はきがる館へ行ってカラオケをしました。皆さんの気持ちが、よくわかりました。辛い事苦しい事みんな背負って生きているという感じがしました。あーそうだったのかと胸痛む想いがしました。でも一緒にするカラオケは楽しいです。共感しあえるような気がしてとても良いと思います。うちでも早くカラオケがしたいです。きがる館の行事へもいけれたら自分の時間として参加出来たらいいなぁと思っています。夫のこと孫の世話自分の事家族の事上手くやっていきたい。そしていい子供が成長してくれて本当に感謝です。それも舅姑のおかげもあります。家族って一番大事だと思う。だって苦しいから悲しいから悩んで幸せになりたいって誰もが、思うものだもんね。親はなくても子は育つというけれど人は一人では生きられない絆なんだよね。ここでうつむくか前を見て上を向いて歩くのかきっと迷いながらも上を向いてあるくだろう。父が教えてくれた事を覚えてる。私は父の言う事を聞いてみようと思う昔は分からなかったけれど今は言う事聞いてみようと思います。