何とも突然、昔の記事の続きになりますが。
何故、松江にてハーンからの落雷を受けたのかというお話。
何の話?という方、申し訳ありません、
前の記事を探ってくださいませ。
分刻みの弾丸松江旅行の最後の最後、
閉館ぎりぎりに飛び込んだのが
小泉八雲記念館でした。

とても小さな記念館で、
所狭しと直筆の日記や書物が並んでおりました。
その文字、机、椅子から、
ハーンがどれだけ日本に感動し、
微細なことに心動かされていたかを感じた訳ですが、
実はハーンの持っていた気持ちは、
大変おこがましいならが、2日間松江に滞在している間に
私が感じていた事と、とても似ていました。
私は日本人でありながら、日本らしきものを
追い求めていました。
奈良も大好きですが、奈良は日本というより、
奈良なのです。
奈良から、いかに日本になったかを追い求めていたともいえます。
私が求めていたというか、
外に向けたプレゼンテーションの気配無く、
素直に日本を体現している場所が松江だと感じたと思います。
山陰自体がいい意味で地の利が悪く、
外的な要因に振り回されずに済んだ、
という事も大きいのかもしれません。
どうやら、ハーンの著作を読むと、
ハーンが訪れた時から、地の利の悪さが
文化保存に大きく貢献していた事が読み取れます。

2日間、がむしゃらに食べながら
ぎゃーぎゃー松江観光を楽しんだ私達でしたが、
そのたぐいまれな美しさは十分に肌で感じていました。
穏やかで神々しい空気を
自分が思っているよりも全身で感じていたのです。
そんな気持ちをもっと強烈に、
鮮烈に感じ、大切にしていた人がいる。
事細かに感動し、書き記した人がいる。
私達日本人が全くもって忘れていることを
消えて行かないように記し残してくれた人がいる。
完全に落雷でした。
申し訳なくも、恥ずかしくもあり。
友人と二人、猛然と、
受付にて書物を購入して帰宅したのです。
神々の国の首都 (講談社学術文庫―小泉八雲名作選集)/講談社

¥1,260
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長年心のどこかで探し続けていた日本に出会えた感動と、
自分の至らなさへの自戒と、
さまざまな新しい気持ちが渦巻く残り旅となったのでした。
そんなお話。