ゆっくり、じっくり、ほっこり。

ゆっくり、じっくり、ほっこり。

小島潤子のブログです。
仕事にまつわる、なるべく真面目な事を書こうと努力してみます。

ワークショップデザイナー/
HRインスティテュートパートナーコンサルタント/
執筆家

はら塾カフェ https://ameblo.jp/harajukucafe/

各方面に大迷惑をかけながら、

実は元旦から骨折し、入院しておりました。

 

下山中につるっと足を滑らせただけなので、

特に滑落などはしておりません。

 

元旦に飛び込んだ病院で出会えた先生が名医で、

まさに悪運がいいっていう。

 

既に、普通に仕事をしております。

人の優しさに触れ続けている2020年。

 

で、今回ひっさびさにブログを書いてみたりしているのは、

入院中〜コロナ騒動の間、頭の中をチラチラと、

オンラインエデュケーションのことが浮かんでいたからなのですね。

 

私は、コンテンツ屋になりますので、

どういったコンテンツが刺さるのか、

どんなワークをどんな順番で行えばいいのか、

について考えることが多い訳ですが。

 

つくづく思ったのが、

パソコン&スマホ以外のガジェットで

何か楽しく操作できるものが欲しいということです。

 

やはり欲しいのは、手遊び感。

叩く、タッチするという、いわば、

打楽器的な操作だけでなく、

例えば、ひねる、こねる、めくる、にぎる、なでる、

など、相棒のぬいぐるみと意思疎通をしている時のような

手の感覚と五感の派生が欲しいな、と。

 

形も、○だったり★だったり筒型だったり、

と、多様あるいは可変性があるものがあったら。

 

病室のなかで、四角い板(ipadとかKindleとか)持って

何かをしようとすると、そのガジェットと持つ身体が、

異様なまでに固い空気を作り出してしまうことに、

なんだか違和感を持った訳なんです。

 

学びと四角ってそんなに相性いいのかな。

ちょっとよくわからないな。

固い素材であることって、便利なときと

不便なときがあるんじゃないかな。

 

更に、退院してから始まるオンライン研修化の流れ。

ライブでオンライン研修をしている時はいざ知らず、

自主学習でオンライン学習をしている際には、

もっと身体がリラックスしていてもいいだろうと。

 

ガジェットがシーンを飛び越えて、

もっと多様なライフスタイルに寄り添えるようになったら、

あらゆる世代の学びがもっと楽しくなるのではないか、

などと思ってしまった訳です。

 

コンテンツの楽しさを支えるのにも、

斬新なガジェット、柔軟なガジェットって必要じゃない、なんて。

 

新しい技術シードを見渡せば、

ネタはきっとゴロゴロ転がっているんでしょうね。

 

いつか、この辺りのこと、

取りかかれる機会があることを願って、

本日もリハビリを兼ねた筋トレに励む次第です。

 

みなさまも心身ともに健康を保って

お過ごしくださいませ。

 

****

 

HP:hellocozylife.com

 

どちらかというとtwitter人です。

https://twitter.com/JunkoKOJIMA

 

テレビがない生活をしていると、

意外に気付ないのが台風の接近。

 

9日未明に関東を直撃した台風。

 

今回も、一体、どうやって台風に気付いたのか。

自分でも不思議なのですが。

 

午前中に一瞬、いかにも台風圏内を感じさせる

強い雨が降ったのですね。あの瞬間がなかったら

もしかしたら気付かなかったかもしれません。

 

もう一つ、伏線になってくれたのが、

山小屋での情報。

 

その数日前に八ヶ岳におりまして。

小屋の方が見ていたテレビの天気予報から

台風、という単語が聞こえてきまして。

 

ふーん、程度ですけれど、

日本のどこかに台風が近づいているらしい、

という認識を作る事にはなりました。

 

強い雨&台風という単語の想起。

この2つのコンビネーションが無かったら、

天気予報を検索することも無かったかもしれないという。

首の皮一枚ですかね。

 

とりあえず、慣れない通勤電車に加え、

ダイヤが乱れた状況でクライアント先に到着しても、

メンタルボロボロだろうと察し、

そそくさとホテルに移動を決め込みました。

 

近辺の商業施設はバタバタと閉まっているものの、

食料は調達し、安心して夜を過ごしまして。

 

明けた朝、7時前にご担当の方に連絡をすると、

すでに会社に到着なさっていると!!

忍者かと思いますね。

渋滞を避けた時間に車で向かわれたとか。

 

その日は、気合いの集合でして。

基本的に、みなさま始発体勢。

 

さらに、品川駅で京急のシャッターが開くのを

1時間待たれただの、自転車に乗り換えたなど、

気合いと根性の決戦。

 

いやあ、もう、想像するだけで気絶しそうです。

そして、頭がさがります。

 

前日が土日だったということもあっての緊急対応。

 

災害の時くらい無理せず休んだ方が、という

意見があるのも良くわかりますが、

こういう、非日常の体験も、

日々の生活を彩るものになっているのだろうな、なんて

思ったりしたのでございました。

 

いいじゃないか。うんうん。

 

ホテルの朝食は鮭茶漬け。

ゆっくり美味しくいただきました。

どうも、お久しぶりです。

 

今年は、梅雨が長くて、

その後もパッとしなくて、

いつ山に登ったらいいものやら、と、

完全に天気のせいにして、なまけた夏を送りました。

 

そんなトドみたいな身体で、

キャニオリングを体験してみたら、

完全に溺れたトドみたいな写真が出来上がり。

https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/16/hricozy/93/e5/j/o1080108014574820878.jpg@@1080@1080

 

反省を兼ねて、ちゃんとブログでも書こうかと、

画面を立ち上げている訳ですね。

みなさま、どんな秋をお過ごしでいらっしゃいますか?

 

会社員の頃は、パソコンを立ち上げるという動作が

日々の中で息を吸う行動の次くらいに

当たり前になっていましたので、

誰に言われた訳でもないのに、よくブログ書いてました。

 

最近は、パソコンを立ち上げるに際しては、

結構な決意を要しております。

え、うそ、まじ?

いや、ほんとです。

 

お前、仕事してんのかよ、という声が聞こえて来そうですが。

いやね、パソコンよりもノートっていうか、

スケッチ帳っていうか、

そっちを開く事の方が断然多くなりましてね。

 

会社員時代は、作業につぐ作業という感じで、

とにかくパソコン開いてゴソゴソやってないと

仕事が進まない感があったんですがね。

 

最近は、専らノートなんです。

もともと、ノート大好きなんです。

ノートの種類が多い本屋って神だと思ってます。

 

家にストックが沢山あっても、

ノートを前にすると衝動が抑えられないんですよね。

あー、このノート広げたい!って無性に思う。

そこに、何かを、何者かを書き記したい!って思う。

 

タテよりヨコ派です。

罫線より升目派か無地派です。

ペンには好みがありません。

 

ああ、この大きさ、なんかいいなあ。

この升目の色味いいなあ。

この紙質、やばないか。

 

そんな気持ちが溢れて溢れて

止まらないのですね。

何も書かれていない、好みのノートが目の前にある時、

私の人生の無限性を感じる事ができるのです。

 

で、そこに何を書くかというとですね。

企画です。

ワークショップの企画です。

 

最近は、これが最も多いですな。

真っ白い、A4ヨコの升目を目の前に、

タイムラインを引っ張って、数時間のワークショップを

まとめていくわけです。

 

最近のお気に入りは、ロジカルシンクノート。

https://swinglogical.jp/logical-think

ああ、HPを見ているだけでときめく。

 

この作業が至福でしてね。

ひとつの場を編み上げて行く興奮。

 

私は、ワークショップを行うことも好きですが、

デザインする作業がなにより好きなんですね。

 

え、机上の空論にならないかって?

それをそうしないように持って行くのがプロなんでね。

 

その背後には、数々の失敗だってあるわけです。過去の。

完全に机上の空論だったわー、と思うような場だって

始めたころには沢山ありましたわ。

研修にしろワークショップにしろ。

 

でもまあ、ありがたいことに、

その失敗を糧にできるような環境のなかで、

私の経験値は知らぬ間に膨れ上がっていたようです。

 

だからな、企画を書き出しているときというのはな、

今まで担当させていただいたおびただしい数の研修、

そしてワークショップ等々の場の経験が、

私のペンの動きを支えてくれているような不思議な感覚がある。

あ、かっこ良く書きすぎましたか。

 

私の手がけるワークショップは、

課題解決色が強いというか、

つまり、完全オーダー型であり、

それぞれ、毎回、クライアントの要望に沿って

創り上げています。

 

クライアントは企業だけに限りませんので、

要望は本当に様々。

もし、専門性があるとしたら、

「経営」「学び」という文脈が近いテーマで

設計することが多いということでしょうかね。

 

例えば、企業研修として使っていた時間を

ワークショップに差し替えたい、とかね。

 

経営参加の体質をつくるための

組織メンバー向けワークショプを行いたいとかね。

 

子供向け、夏祭り企画、みたいのは、結構レアです。

そういう話が来たら、知り合いの団体がやっている

コンテンツでお願いしたりしています。

 

https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/16/hricozy/93/e5/j/o1080108014574820878.jpg@@1080@1080

え、雑ですか?

いや、モチはモチ屋です。

 

つまりですな。

企画をする楽しみって、

ある文脈のもとに仕方なく集った訳ありの状態を

かき混ぜていくことにあるんじゃないかなんて。

 

かき混ぜるの好きみたいです。

かき混ざってカオス化していくのを

見ているのが好きみたいです。

 

カフェとかで、

ノートを広げてうひうひしているコジマさんを

見かけたら、頭のなかでカオス化する何者かが

うごめいていて良からぬ事を考えているとお思いください。

https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/16/hricozy/21/fc/j/o1080108014574821640.jpg@@1080@1080

 

実は、昨日もノート買っちゃっいましてね。

KUNISAWAの金縁ノート。

実に3000円!!

https://kunisawaproduct.shop-pro.jp/

 

このノート、女性向けの

ピンクゴールドとか、ホワイトゴールドとか、

クリアブルーゴールドとか、もっと展開してくれたらいいのに。

 

いや、そうしたらやばいくらい

散財してしまいますな。

いや、これは散財ではない。

散財ではないですよ!

 

それではみなさん、また次回。

https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/16/hricozy/21/fc/j/o1080108014574821640.jpg@@1080@1080

最早、若手だからといって、
インストール前提のコミュニケーションを
図っていては、組織は成り立たないですよね。

そして、ベテランを
時代遅れ扱いして一蹴するのも
それはそれで違うだろうと。

若手から学ぶことも山のようにあり、
熟達者から学ぶこともある。

相互に何を学ぶべきなのか、
を、しっかり考えることこそが、
教育担当の胆と思われます。

これって、当事者はよくわからないと
おもいますよ。

自分達の当たり前を伝えあうことだから。
当たり前のすりあわせをして、
時代を創っていくことだから。

いろんな人の意見を借りて
試行錯誤していけたら素敵でしょうね。

たまには真面目に、ワークショップのお話と、組織のお話を

絡めてみようかと思いついた雨上がりの夜。

 

ワークショップデザインをする際に、

必ず口端に上るのが「多様性」ということば。

 

・多様性に気付いてもらいたい

・多様性を感じてほしい

・多様性を楽しんでもらいたい

 

などなど。大変人気者ですね。

目的の設定の中に、多様性があることは

ワークショップとの親和性を考えても

とてもいい流れではないかと顔もほころびますが、

実はここにひとつ、落とし穴があると思っています。

 

私個人の見解ですが、

人と人が違うということ、多様であるなんてことは、

社会に関わっている殆ど全ての人が気付いていることであり、

多少感度の差はあれ、皆が苦労していることなんじゃないかと

思っていたりするのです。

 

転職の理由や鬱休職のきっかけの多くが

人間関係に絡んでいるなんて話もうなづけます。

 

ですから、多様性に気付くとか、感じるとか言われても、

普段あえてストレスがかからないように

見ないフリをしていたのに、どうしてここでまた

開け広げなければならんのですか、となるのではないかと。

 

多様であることは、確かに大変豊かだし、面白い。

けれど、同時にとても大変です。

集まってお茶しているだけだったら、

楽しむだけでいいかもしれないですけれど、

仕事やプロジェクトを進めるときには、

正直言って、楽しさと同じくらいのストレスもどこかで

感じていると思うのです。

 

それでも、多様性を信じ、委ねたほうが、

できあがるものが豊かだからぐっと我慢する。

 

そこでキモになってくるのが、

何をもって多様性というか、という話です。

 

ワークショップという場は大変懐が深いもんですから、

ファシリテーターが熟達していれば、

あらゆる多様性を繋ぎ合わせ編み上げることができます。

 

そんな素敵なワークショップを体験することも

人生を豊かにするとは思いますが、

実生活とのつながりという意味では、

何かズレている感も否めない。

 

組織になってくると、目的がありますから

ワークショップほど自由闊達に多様性が受け止められない。

出しゃいいってもんでもない、ということになる。

 

大体、組織の中で多様性、つまり個性を出そうとすると、

「単なるワガママ」という状態に陥りがちです。

 

どうしてか。

多分、ボールを投げっぱなしだからです。

 

「私ってこういう人ですから」

「私はこういうことをしたいです」

「私はこれが不快です」

 

と、言っているだけ。

失礼千万な言い方をすれば、子供の主張と同じです。

そして、受け止める組織側の人も、

あ、ああ、そうですか。と、ただただ受け止めてしまう。

か、スルーして聞いたフリをする。

 

あ、偉そうに書いていますが、

30代の自分を振り返って自省しながら書いてますのよ。

 

組織は常に、目的に沿って動きます。

だから最適解がルール化されたりスタンダードになるのは

もうこれ仕方ない。

 

でも、それが息苦しいのであれば、

目的と主張を噛み合わせて、どんな形の

多様性ならば、組織にとっても自分にとっても

幸せな結果になるかを「まず自分が」

考えることが大切だと思うのです。

 

このプロセスに慣れていない人が多いのではないか、

と、つくづく思うわけですね。

だから、子供の主張みたいな感じなって、

組織が受け止めてくれちゃうと方々から不満の毒ガスがあがり、

受け止めないことは全否定になる。

 

言うなれば、自分の中の多様性を調理するって感じです。

多様性は素材。沢山の素材が自分の中にある。

 

どうしたら、みんなが美味しく食べれるかしら、と

考えて調理する方法をワークショップで学べたら、

より人生を豊かにする疑似体験をすることが

できるようになるのではないでしょうか。

 

自分の多様性を調理することが出来るようになったら、

他人の多様性も調理出来るようになる気がするのですよね。

 

…多様性は素材っていいフレーズですね。

次回の講座で言ってみようっと。

 

cozy

 

 

先日、ワークショップデザイナーコースの

演習フィードバック講師を担当いたしました。

 

かれこれ、1年半くらい継続して

担当をさせて頂いておりますが、

毎回、講師陣と言われるOB集団も、

学びの連続でありがたい限りです。

 

回を重ねるごとに、

こちらのメッセージとして強く思うことは、

場に立ち会う際には意思を持とう!ということです。

 

場を預かる立場、

講師やファシリテーターなどの仕事には

正解がありません。

 

・終わり方はどちらのほうがいいでしょうか?

・グループ分けはどちらのほうがいいでしょうか?

・どの順番がよかったでしょうか?

・これやったほうがいいですか?

 

などのご質問は、講座でも実務の中でも

よく頂くものです。

 

どちらを選んでも、場は成立します。

場というものは、よほどの事をしない限り

崩壊しないものだと思います。

 

むしろ、崩壊させることができたら

それはそれですごい力が発揮されたと

思っていいのではないかと。

 

でも、だからこそ、実施側の意思が大切になります。

「何を大切にしているのか」

「何を見つけ、どう編み上げていきたいのか」

エゴではなくて、参加者の可能性に委ねた結果の意思。

 

怖いことも多いですし、外すこともあります。

けれど、場を預かる立場をになう場合、

一番大切なことは、意思をもつことではないかと、

強く思うわけです。

私の事をある程度ご存じの方は、
当たり前の事実、それは、
ラスコさんとガーコさんという相棒が
共に出社しているということ。

このふたり、出身はぬいぐるみです。
ぬいぐるみ王国からやってまいりました。

ですが、現在は立派なHRI社員。
年賀状にも載っています。




一体ぜんたい、なんでこんな事態になっているのか、
腑に落ちない方も沢山いらっしゃることでしょう。

というわけで、2014年も終わりにさしかかった本日から、
100日間限定テーマという形で、
このふたりとHRIメンバーの生態を
記事としてアップして行こうと思います。
この4月から新しいピラティススタジオに通っています。
今まで、ヨガも加圧も続かなかった私ですが、
ピラティスだけは続いています。

スタジオの雰囲気がいいことや、
通いやすい時間帯、メニューがあることももちろんですが、
アプローチと効果が私の感覚に合っている気がします。

ピラティスはフィジカルに働きかけ、
結果、メンタルと統合していくプログラムです。

しかも、30回通えば必ず身体が変わる、
と歌っています。実際、変化は感じられます。

さらに、日常生活での動きにつなげた
トレーニングが豊富です。

ただの筋力トレーニングではなく、
日常の動きを変え、日常から体を変えられるプログラム。



ピラティスを開発したピラティスさんは、
現代人の生活、姿勢、環境に大きな問題意識を持ち、
アンチテーゼの意味も込めてメソッドを開発しています。

まさに、都会生活でがんじがらめになった私の身体を
ほぐすのにうってつけのプログラムだった、
ということなのかもしれません。

30年、40年とピラティスを続けている
大御所も海外には沢山いらっしゃるとか。

ピラティスを始めてから、体内年齢が若返っていく気がします。
時間が体内だけ逆に流れている感じがします。

長く続けていく事で、
どのような人生を送れるのか、楽しみです。

cozy
少し前の出来事になりますが、
青山学院大学 苅宿俊文先生の
学部ゼミ生のかたとお話する機会がありました。

みなさま大学3年生。
ワークショップの実践で日々忙しそうです。

ワークショップに関わってどんな学びを得ましたか?
とお伺いすると、素敵な言葉が返って来ました。

・自分の意見とは違う意見があっても、
 話し合う事で合意が得られることを体得できた

・どんな意見でも、出すことが大切だと体得した
 出さないとなにも始まらない

・違いを尊重する感覚が分かってきた

などなど。
学生さんたちの気づきは、まさに、
社会人の方も学び直す価値のある学び。

忙しく仕事をする中でも、
学び名人の社会人の方は日々、色々な学びを得ていると思います。

ただ、それを言語化する時間が
なかなかないという現実があります。

やはり、ワークショップ的な場で、
日々の学びを棚卸することの大切さを感じた時間でした。



ゼミ生のかたと苅宿先生。
先日、能ワキ役 安田登さん×音楽家 ヲノサトルさんの対談がありました。

実は、お二方のファンである私としては、
どうしてこの二人がつながっているのか長いこと謎でありました。
ツイッター上でよく会話されており。



とりあえず、異色対談を満喫してまいりまして。
その中でも衝撃的だったお言葉。

能の世界では、絶句、言い間違えはとがめられない。

絶句しても、言い間違えても、
それよりも大切な何かが立ち上がっていればよいということ。

練習して同じように再現できるようにするのは、
極めて西洋的な価値観の元にあるトレーニングです。

そして、絶句や言い間違えに意識がいくと、
本来見なくてはならないものが見えなくなる。

観客の観る力を鍛える存在でもある能の
堂々たる存在感が浮かび上がります。


能は能らしさを選び取ってきたからこそ生き残ってこれた
という話もとても面白ろかったのですが、
そのお話しはまた今度~♪

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