ゆっくり、じっくり、ほっこり。 -2ページ目

ゆっくり、じっくり、ほっこり。

小島潤子のブログです。
仕事にまつわる、なるべく真面目な事を書こうと努力してみます。

ワークショップデザイナー/
HRインスティテュートパートナーコンサルタント/
執筆家

はら塾カフェ https://ameblo.jp/harajukucafe/

昔からクマスイッチというものが私の中にあって、
とにかくクマに対する愛情が尋常でないのです。

森をクマに返すために、
出来るだけのことはしなければと思っている次第。

同じくらい好きなものに、
メリーポピンズとピーターパンがありまして。

ディズニーランドやディズニーグッズには興味がありませんが、
ウォルト・ディズニーは本当にすごい人だったと、つくづく。

)

なぜ、こんな美しい音楽を作る人間が、
わが物顔で自然をコントロールしていくのだろうと、
その振れ幅に戸惑うのです。

内田樹さんの「知に働けば 蔵が建つ」によれば、
人間は「とりあえず必要」である以上のものを作りだすことによって
他の霊長類と分岐した(P27)とあります。

人間の始祖たちは作りすぎたものを「誰か」にあげてみた。
そしたら「気分がよかった」のである。
あるいは、「気分がよい」ので、とりあえず必要である以上に
ものを作ってみたのかもしれない。(同 P29)

労働もまたそのような「個人が自発的に演じうるものではない」ところの
社会的行動の1つである。(同 P30)

人間はそもそも、オーバーアーチブを成し遂げてしまう。
やたらと気のいいやつ、ということが読み取れます。

こいついい奴だから脳みそプレゼントしてやろうか、
というカミサマの気まぐれによって進化したのかしらん。

だとしたら人間の残念なところは、
目の前の人間の喜ぶ顔に必死になってしまうことのような気がします。

家族や会社の人など、目にできるもの、感じられるもの、
社会などの具象化できる言葉に対しては過剰に尽くす。

けれど、ちょっと普段の生活から離れた生態系や、
想像にあまる大きな問題や単位には
意識が行かなくなってしまうものなのかと。

人間と犬の相性がいいのも分かる気がします。
ちなみに、私は猫派なので恐縮ですが、
犬の尽くし方と人間は似ているのではないかと。

猫派人間としての思索は続く・・・。
最寄駅に、大好きな喫茶店があります。

美味しい食事と珈琲を堪能しに、
個人的にはご褒美として活用中。

そこは、禁煙ではありません。
さて、私は、非喫煙者。

私の横で、他のお客様が喫煙されることもあります。
でも、不思議と気にならない。
むしろ、落ち着く。

空間全体が、珈琲の匂いと、
タバコの匂いを絶妙にブレンドさせているのです。
それはそれは、絶妙に。

結果として、非喫煙者でも心地が良いと思え、
喫煙者との共生が生まれている。

植物の量・配置、空間の高さ、
窓の量・大きさ、空気の流れ、珈琲のブレンド配分、
すべてが奇跡的な配分なのだと思います。

スターバックスのように、店内禁煙にして
豆を楽しむというやりかたもあれば、
「タバコの煙」を1つの要素にして、
むしろ活用し、豆を楽しむやり方もある。

後者の方が圧倒的に難しく、
言語化しづらいものだとおもいますが、
だからこそ、圧倒的な価値を持つと感じます。
コミュニケーションシーンにおいて
「通じない」「感覚が違う」
すれ違いはよく聴く話です。

それに対してよく言われることは、
相手の立場を察するとか、
想像力を持つことが大切などです。

それはそうです。
では、具体的にどうしたらいいのか。

その解決策の1つとして、
プラットフォームに成り得る
文化の共有があると考えています。

例えば、コミュニティ保持のために
日本昔話のような逸話が存在したように、
コミュニケーションを成り立たせるための
モラルやルールを教えてくれる存在としての文化があります。

落語、狂言、浄瑠璃、歌舞伎などの
伝統芸能からはじまり、
作法、道、などその項目は
いくらでも出てくる気がしています。

それら、文化と呼ばれるものには
コミュニケーションのノウハウがそのまま
詰まっていると思うのです。

笑いの定型、コミュニケーションの定型を
数多く学ぶことで想像力が養われていくと思うのです。
つまり、コミュニケーションの守破離が生まれる。

コミュニケーションの問題は、
文化的素養に結びついているのでは、
と、徒然に思った1日でございました。
某企業さまで展開している、
WSスタイルファシリテーター育成プロジェクト。

組織内にWS的な場が数多く生まれるように
管理職の一定層の方々にに実践型で
ファシリテーションスキルをお伝えしています。

$ゆっくり、じっくり、ほっこり。

お客様とHRIメンバーのコラボチームの
チームワークも日々進化中☆

残りも全力で取り組ませて頂きます!
最近、嬉しいことに、
ワークショップスタイル×組織開発テーマ
のお問い合わせを着実に頂けるようになりました。

どうせ、変わり者に依頼するなら
変わったことしようか、ということなのでしょうか。

そんな中、HRカンファレンスにて、
MOMA(My Office My Art)コースの
デモンストレーションを行わせて頂きました。

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通常のMOMAコースよりも
素材をカジュアルにし、
現代アート以外も取り扱っていますが、
流れは一緒です。

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みまもるワークショップの神2人。

$ゆっくり、じっくり、ほっこり。
今回も楽しい作品が沢山できました。

作品は作ったあとの語りが大切ですので、
そういう意味では、作るプロセスのみを体験頂いたことになります。

それでもご好評を頂くことができて嬉しい限りです。
これからも多くのWSを企業様のなかでも
展開することが出来たらと考えております。
私は小さい頃からやたらと
たい焼きを食べて育ちました。

祖父がたい焼き好きで、
よく、仕事で門仲にでかけては
柳屋のたい焼きを買ってきてくれたのです。

私も一緒に連れて行ってくれて、
ホカホカのたい焼きをひざに、
車の助手席に乗っていた事を覚えています。

一時期、食べ過ぎて、
たい焼き怖い、になったくらいです。

というわけで、たい焼きを食べて育った
というよりは、柳屋のたい焼きを食べて育ちました。

味覚というものは恐ろしいもので、
その後、柳屋のことなどすっかり忘れていた訳ですが、
たい焼きを食べるたびに、身に付いた柳屋の味と
無意識に比べている自分に気づきました。

いや、やはり、柳屋は絶品な訳です。

その、柳屋からのれん分けしたという噂の
都内某所のたい焼き屋。
やはり、行列。

先日、タイミングがあって行っていました。
・・・うーん!まったく、柳屋じゃない!

本物の力は不変であり、
そうそう簡単に伝播されないものなのかと。
たい焼き考察、ここにて一旦終了。
私は、ハルキストではないし、
実際、村上春樹の作品は、
人に勧められた数冊しか読んでいない。

その数冊が印象に残ったかどうかで言えば、
そうでもないかも、という感じであり、
実に手応えの無い読者とも言える。

だが、書店で新作をみかけて、
何かが気になり購入をした。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年/文藝春秋

¥1,785
Amazon.co.jp

以下は私の勝手な感想だが、
この本は、あまねく表現者たちに
贈る本ではないかと感じている。

あまりにメッセージが明快で、
あまりにテクニックが絞り込まれている。
つまり、わかりやすい。

そのこと自体が大きなメッセージに思える。

誰もが持てあますあの大きな経験を、
自分の経験値をはみ出さず、
でも湧き上がるものを表現したらこうなった、
ということを伝える作品のように思えるのだ。

もっと言えば、
村上春樹をもってしても、
あの震災のことを表現すると、
素直に、ミニマルに、素朴にならざるを得ない、
ということを体現したのではないか。

震災の体験をどう表現につなげたらいいのか、
自分が表現することの意味を見失い茫然とした表現者は
私の周りにもいる。
誰にも真似できない才能を持っているのに。

彼のこの作品を読んで、
肩の荷が下りた気持ちになる表現者が居るのではないか。
居てほしい。

皆、それぞれのやり方で出口を探している。
肩肘すら張れない大きな出来事のあとで。
ひっさびさな感じですいません。
4月は新入社員研修、はら塾カフェのダナンでのWSと、
チームで活動することが多い時間でもありました。

WSの詳細は、はら塾カフェのブログに記しました。
読んでいただけましたら幸いであります。
http://ameblo.jp/harajukucafe/entry-11518019748.html

$ゆっくり、じっくり、ほっこり。

それにしてもつくづく、
何をするのかとおなじくらい、
誰とするのか、ということが私にとっては
大切なんだなあ、と感じましたです。

目的に向けて阿吽の呼吸で動けるとか、
スキルが高いメンバーが集まることで、
高いクオリティが相乗効果で担保できるとか、
チームで動くメリットはありますが、
なにより、その空気を共に吸ったことを
後々まで共有できる、ということが大きいと感じています。

ということは、後々まで共有したい仲間と
一緒に動けたか、がやはり一番重要だと思う訳で。

期待値を超えた成果を出すことは必須の前提として、
誰と自分は物語を紡いでいきたいのか、
ながされずに意志を持って行きたいとつくづく思ったのでした。
アートフルシンキングプログラムとは違う形で、
各企業様のニーズに合わせたワークショップの
デザインをお仕事させて頂いております。

最近実践した例として、ビジョンを形にする
ワークショップをご紹介いたします。

企業で働く人間にとって
自分のビジョンと会社のビジョンが
重なりあっている状態はとても幸せな状態。

しかし、自分のビジョンを閉じ込めて
会社のビジョンのなかで我慢をしている人も
多いのではないでしょうか。

そもそも、ビジョンとはなんでしょう。

それは、誰にどんな価値を提供するのか、
その時に自分をどう活かすのか、を、
考えることではないかと思います。

自分の活かし方、
自分のビジョンは、
抽象度の高い言葉で表現するほうが、
あらゆる場面に落とし込める気がします。

そんな思いを込めて、
自分の事を多角的に見る、
自分の手の中にすでにある力を見る、
ビジョンを言葉にしてみる、
ビジョンを形にしてみる、
という一連の流れをWSでご提供いたしました。

$ゆっくり、じっくり、ほっこり。

$ゆっくり、じっくり、ほっこり。

$ゆっくり、じっくり、ほっこり。

作ったものは、その後、
どう語るかが大切です。
もちろん、その部分もこれからWS的に仕掛けていきます。

$ゆっくり、じっくり、ほっこり。


$ゆっくり、じっくり、ほっこり。

$ゆっくり、じっくり、ほっこり。


五感を使って表現するときにほぐされる感覚、
きづくことから普段とはまた違うコミュニケーションや
インスピレーションが生まれることもあると思います。

なにより、全身で表現したビジョンは、
自分が思う以上に自分の身体の中に残る。
それがあなたの人生を導いてくれることに
なると言ったら大げさでしょうか。

きっとそんなミラクルもあるだろうと信じつつ。