心の山小屋でありたい
――絵本『とんとん とめてくださいな』を読みながら考えたこと
絵本『とんとん とめてくださいな』の中に、とても好きな場面があります。
それは、霧の深い夜に、山小屋の主人が困っている旅人を探しに出ていく場面です。
「きょうも霧が深いので、道に迷った人はいないかと探しに出ていたんだ。
さあ、からだをあたためて、こんやはゆっくり泊まっていきなさい。」
そう言いながら、主人はあついシチューをみんなに配ってくれる。
短い文章なのに、胸の奥にじんわり灯りがともるような温かさがあります。
ああ、自分もこんなふうに、誰かの“心の山小屋”でありたい。
ただ家に泊めるという意味ではなく、
生きる上で道に迷ったとき、
霧に巻かれてどこへ進めばいいか分からなくなったとき、
せめてひと晩、息をつける場所。
心を温めなおし、再び歩き出す力を取り戻せる場所。
そんな場所を、自分の仕事や生き方の中でつくれたなら――
それが、今の私の願いであり、テーマでもあります。
■ 霧の深い夜は、誰にでもやってくる
霧というのは不思議で、どんなに明るい昼間でも、ふっと立ち込めてくると周りが急に心細くなります。
子どもにも、
大人にも、
親にも、
専門職にも、
例外なく訪れます。
学校に行けなくなった子。
先が見えずに不安になる保護者。
進路について誰にも相談できず抱え込んでしまう若者。
思いどおりにいかない子育てに、自分を責めてしまう親。
そして、人生のどこかで必ず、自分自身にもやってきます。
「このままでいいのだろうか」
「どこへ向かえばいいのか分からない」
「何が正解なのか知りたい」
「変わりたいのに、変われない」
そんな霧に包まれる瞬間が、必ずある。
だからこそ、人には「山小屋」が必要なのだと思います。
そこは豪華でなくていい。
大きくなくていい。
ただ、灯りがともっていて、温かく迎えてくれるだけで十分。
人は、その“ひと息”があるだけで、もう一度歩けるようになるからです。
■ 私が出会ってきた「霧の中の人たち」
私はこれまで、社会福祉士として、学校現場で働く者として、
そして親としても、多くの「霧の中にいる人たち」と出会ってきました。
相談室に入ってくるとき、
その人の表情はたいてい、どこか曇った色をしています。
不安と緊張と、そして少しの期待が混ざった顔。
「今日は話せるだろうか」
「迷惑じゃないだろうか」
「こんなこと相談してもいいのかな」
そういう気持ちを胸に抱えて、そっと扉を開けてくる。
しかし、話し始めるうちに、その人の中に眠っていた“灯り”のようなものが、少しずつ明るさを取り戻していく瞬間があります。
その灯りは「答え」ではありません。
「本当の願い」や「自分が大切にしたいもの」
「こう生きられたらいいなというイメージ」
そういうものが、霧の向こうからゆっくり顔を出してくる瞬間。
私はその一瞬に、何度も胸が熱くなりました。
もっと助けてあげたい、ではなく、
この人の中にこんな灯りがあるのだ と気づかせてもらう感動。
「私はただ、この灯りのそばで風除けの壁になっているだけなのだ」と。
■ 山小屋とは、解決策を押しつける場所ではない
山小屋には、山小屋の役割があります。
・泊めてくれる
・あたたかい食べ物がある
・火が焚かれている
・外の霧や風をしばし忘れられる
でも、そこには「目的地へ連れていってくれるサービス」はありません。
山小屋は、
“泊まる場所”であって、
“導いてくれる場所”ではない。
それでいいのだと思うのです。
ましてや、
「こうすべき」
「こう生きなさい」
「この道が正しい」
と、答えを押しつける場所ではない。
むしろ反対で、
そこで心と体が温まった人は、自然と自分の足で歩き出せるようになる。
“回復” と “自分の足で選び直す力” が、そもそも人間には備わっている。
山小屋はそれを引き出すための「一晩の安全基地」。
だから私は、
支援というより、
同行でもなく、
「ひと晩だけ、ともしびのそばにいる役割」
に近いと思っています。
■ 私自身が、かつて山小屋を必要としていた
振り返れば、私自身もいくつもの霧をくぐり抜けてきました。
迷い、
悩み、
自分を信じられず、
出口の見えない夜を何度も過ごしてきました。
そのとき、私を救ったのは何だったか。
専門家のアドバイスでも、
立派な正論でも、
「頑張りなさい」という激励でもなかった。
ただそばにいてくれる人。
話を聴いてくれる人。
私の存在をまるごと受け止めてくれる人。
その人たちのおかげで、私は再び歩けるようになりました。
そして気づきました。
人は、誰かの山小屋になれる時期が来る。
それは、自分がかつて山小屋に救われた経験があるから。
だから、私は今この仕事をしているのだと思います。
■ 子どもたちと家族のための「心の山小屋」
今、私は
・不登校キャリアデザイン
・子育て世帯専門の家計相談
という二つの領域を中心に活動していますが、
根っこの願いはただひとつです。
「霧の中にいる親子が、ひと晩安心して休める場所をつくりたい」
学校に行けない子は、
怠けているのではなく、
その子なりの“深い霧”と戦っています。
家計に悩む親も、
お金が分からないのではなく、
未来の不確かさという“霧”に包まれている。
進路が決まらない子は、
意思が弱いのではなく、
まだ霧が晴れていないだけ。
だから、
「こうすべき」ではなく、
「どう生きたい?」に寄り添う。
その子の本当の願いに気づくまで、
親がひとりで抱え込まないように、
家族がバラバラにならないように。
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