心臓の病気になった。

 

 

カテーテル・アブレーション治療を受ける前と後。

 

 

病気になる前の生活。

 

SSW勤務日のルーティン(ランニングマシーン、筋トレ、子どもを起こして朝食、洗面、出勤、帰宅、米研ぎ、風呂、時々味噌汁づくり、焼酎、夕飯、洗面、就寝)を、毎日ただただ消化することだけを考えて生活していた。淡々とこなし、味わうこともない。

動けることが当たり前で、感謝もしていなかった。思考は浅く、成長もなかった。

 

 

入院の2か月ほど前から、週末のランニング時に心臓の異常を感じ始めた。徐々に日常生活でも苦しくなった。心臓の苦しさや目まい。やりたいことができない。自由に動けない。仕事中の階段の昇降や横断歩道での小走り。毎朝のトレーニングもできない。

 

妻の勧めで循環器内科を受診した。不整脈、心房粗動との診断。放っておくと血栓ができ、脳梗塞のリスクが高いという。服薬を開始したが、不整脈や苦しさの改善は見られなかった。

 

紹介状を書いてもらい、国立病院を受診した。カテーテル・アブレーション治療を勧められた。

その日、ほかの患者のアブレーション治療の予約キャンセルが入った。そして、そのキャンセル枠に私の入院治療を入れてもらえることになった。幸運の持ち主である。

 

(アブレーション治療とは、カテーテルを心臓内に挿入し、不整脈の原因となる異常な心筋組織に高周波電流を流して焼灼し、心臓の動きを正常に戻す治療である。)

 

ただし当日までは、行動を制限され、安静に過ごす生活だった。苦しさと虚しさは続く。

 

もし治療がうまくいき、この苦しさや虚しさがなくなったら、どんな生活ができるだろう。

気分はどうだろう。

どんな生き方をしたいだろう。

そんなことを考えるようになった。

 

入院治療の日を迎えた。治療は成功したと伝えられた。脈拍は安定した。

退院。

 

そして3日が経つ。

 

出勤も終え、最初の週末を迎えた。体調は徐々に回復している。

 

 

とりあえず、心臓はリスタートした。

 

では、生活のリスタートは。

 

 

今まで通り、制限のない日常生活に戻れる。

今まで通り、ルーティンの消し込みに精を出すのか。

 

 

さて、どう生きよう。

 

 

とりあえず、せかせかした気ぜわしい生活はやめたい。

 

歩くこと。

考えること。

話すこと。

食べること。

寝ること。

日々の生活を、ゆっくりと丁寧に味わいたい。

 

健康に感謝しながら。

周りの人たちに感謝しながら。

 

ゆっくりと。