美空ひばり 戦後復興から高度成長期な気分に浸れるリズム歌謡 | 偏執狂大衆娯楽趣味控

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もともと「歌は世につれ世は歌につれ」というタイトルで、大衆音楽と世相を絡めながら雑感を書いてました。今後は映画やら文楽やら絵画展やらについても、ここにまとめて記録していくことにしたので、タイトルを変更してます。

昭和を懐かしむ趣味嗜好を取り沙汰する場が、にわかに増えてきている模様です。ただしそこに80年代が含まれると、アラフィフの私はどうも違和感を覚えます。郷愁めいた感覚を呼び起こしてくれるのは、戦後復興から高度成長期にかけて流行ったものだからです。流行歌であれば、一般的にはリンゴの唄とか青い山脈を思い浮かべる人が多いのでしょうが、洋楽を積極的に取り込んだリズム歌謡も、外す訳には参りません。第一人者はブギウギの笠置シヅ子でしたが、その唄マネで話題を呼んでデビューを果たしたのが、あの美空ひばりだったのです。演歌のイメージは齢を重ねる中で、レパートリーが変化した後のもので、若いころは流行のリズムを先取りする存在でした。所属するコロンビアレコードの方針もあって、オリジナル曲にも恵まれ、このリズム歌謡ナンバーだけを編集した2枚組CDも、外れなしの聴き応えでした。

美空ひばりと言えば、当時の大衆娯楽として隆盛を極めた映画でも大活躍でした。当然、作中でリズム歌謡を披露するシーンもたくさんあります。時代劇が多かったため、曲想は自然と和洋折衷になる訳ですが、中でも個人的にマストなのは、七変化狸御殿の中で流れていた日和下駄です。これを聴いていると、恋愛にまつわる風情が、時代が移ろうにつれて、味気ないものになっている気がします。多分、欧米に憧れて近づこうとしたからだと思いますが、風土も見た目も違うのですから、もっと日本ならではの楽しみ方があるような気がします。

一人二役を演じて話題になった、1958年公開の花笠若衆で観られるロカビリー剣法のパフォーマンスは、まさに和洋折衷の極みです。当時、チャンバラごっこにこうじていた子供の気分が、わかるような気がします。まだアメリカでも出始めだったロカビリーに、面だ銅だ籠手だという気合を見事にマッチさせている美空ひばりの才能は、誰もマネできないものでした。

外国のリズムを取り入れえる紆余曲折も、かなり練り上がってきた様子の窺えるのが、この車屋さんという、戦前の風俗を語り継ぐ曲。美空ひばりも齢を重ねる中で艶っぽくなってきました。このように国民的歌手の貫禄十分になっていたころでも、リズム歌謡がレパートリーだったことがわかりますし、まさに高度成長期の娯楽という感じで、たまらんもんがあります。

 

 

これのあとくらいになると、日本もモーレツからビューティフルとか言い出すのと連動して、美空ひばりも落ち着いていきました。そのへんになるとアイドル歌手の誕生など、市場が細分化して歌謡界もこじんまりしていき、国民的な人気というものは、失われていった訳です。1950年代から60年代の音楽から郷愁を感じるのは、そんな時代背景があるからなのでしょう。きっと。