
金田一春彦『日本語 新版(上)』(岩波新書1988)読みました。
春彦さんは、石川啄木と同郷岩手県で啄木の友人であったアイヌ語の研究で有名な金田一京助の息子さん。Eテレ・ベーシック国語の講師金田一秀穂さんは春彦の子息。横溝正史の金田一耕助とは無関係。金田一少年の事件簿とも無関係と思います。
大野晋の文体の方が好みですが、これも面白かった。
色々ありますが、ひとつだけ紹介しておきます。
《フランス語では「深い」の反対を表す「浅い」にあたる言葉がなく、「浅い」と言いたい時には「深くない」と言う。また、「高価だ」という言葉はあるが、「安価だ」という単語はなく、そう言いたい時には「高価ではない」と言う。》
「(イェペルセンによると)オーストラリアのタスマニアの部族の言葉には各種類のゴムの木にはそれぞれ名前があるものの、「木」という一般的な意味を表す単語はないのだそうだ。」
「アメリカのチェロキー語は、たとえば「自分を洗う」「ほかの人の顔を洗う」「私の着物を洗う」・・・これらがみんなそれぞれ別の単語になっているが、これらを全部総括した「洗う」という抽象的な単語がないのだそうだ。」
言語学といえばソシュールとかチョムスキーとかいるらしいですが、原理論からでなく比較言語論から入るのが早いのかもしれません。知らんけど。
下巻もこの調子でたぶん読むでしょう。
大野晋の『日本語をさかのぼる』(岩波新書1974年)も読んでしまいました。これもおもしろかったです。