老猫チャチャがいなくなって2週間ほど経ったある日、
生後一ヶ月ぐらいの子猫が我が家に迷い込んできて、
やけに馴れなれしくじゃれつくので、しょうがないなー、
飼うことになってしまった。
仕事場でこのことを言うと、
「生まれ変わりよ。きゃー、鳥肌立ってきた」などと言われた。
そう言われりゃ、妙な符合があるかも。
なるほど、「生まれ変わり」、かー。
こんな言葉がまだ死語になっていないんだな。
数学や統計学の「期待値」ほどの意味は持っているんだ。
「わたしはマリー・アントワネットの生まれ変わりである」
いや、誰でもいいんだけど、自称する人は何千人もいる。
命の継承は、命の不可避的な野望ですもんね。
不可思議なのは、
「わたしはなんとか村のなんとかさんの生まれ変わりだ」
と、とってもマイナーな「生まれ変わり」様で、しかも、
もとのナントカさんでしか知りえない情報を継承している
事例が数多くある、ことです。
邪教も迷信もカルトもサイエンスもあるものか。
天動説だろうが何だろうが、人々の心情の理路にちゃんと着地する
説明が付けばそれでいいのである。
「生まれ変わり」説話は、そう考えると心情の亀裂や凸凹が埋められるのだという<癒し系>思想が求めたものなのでしょう。
破断された断層を越える心的なテクニックの一つだと思うんですが、
あらゆる意味で縁もゆかりもない他人の「生まれ変わり」がなぜ発生するのかについていい説明が思いつかない。
僕の仕事ではないな。
この猫、コマまたはコマツは、鼻炎でくしゃみばかりしている。
猫アレルギーかも。