遅い朝食を済ませ、
コーヒー二杯飲む間にたばこ3本を灰にしてから、外に出た。



「ニック! 鉈とノコギリを持って来い。
風がおさまるまでに片をつけよう。
夕方にはやむだろう。」



竹薮を見やり、どこから切っていくかを考えていると、
ニックが両手に鉈とノコギリを持ってやって来た。



「先ず、搬出路を作る。
この木からやって行こう。
お前はこの竹を切ってくれ。
いや、そこじゃダメだ。もっと根元の方!
そこだ。その節のすぐ上を切れ。
でないと、水が溜まっちまうからな。
ボウフラの寝床をわざわざ作ってやることはない。」



枝を3本払い落として、幹を切り終えるころ、
ニックは切り口にノコギリを挟まれ、身動きが取れなくなっていた。



「やあ、ニック、刃を竹に取られたな。
パパがことらから押すから、引き抜け。
よーし、それでいい。
裏から、反対側だよ、切り目を入れろ!
OK。これで簡単に倒れる。こっちから押してみな。
少しでいいぞ。軒に触らないようにするんだ。」



竹は、ゆっくりと軒の方に倒れかかる。
急いで根元を家の方に向かって引くと、先は軒から離れる。



「うまくいった。
3メートル位のとこでぶった切ってくれ、ニック。
ノコギリをヘンにこねたら曲がっちまうぞ、安物だからな。」



3時間ほど、二人は、切り倒しては焼き場所に引きずっていった。
日が沈みかけた頃には、木や竹が、ニックの背丈を越すほどの
山になっていた。
風も止んでいた。



「じゃあ、これから燃やすぞ。」



「今から? だって、ほとんどが生木だよ。」



「生木の方が、燃えやすいんだ。」



「信じられないや。本当?」



「やってみよう。家から新聞紙2・3枚持って来い、ニック。」



「ねえ、パパ。
ぼくの答案用紙も一緒に燃やしていい?」



「悪かったのか?」



「悪くはないけどね。良くもない。」



「そうか。
いいよ、燃やしちまえ。荼毘に付そうじゃないか。」



ジッポーの火は、ニックのかわいそうな試験問題を燃やし、
藪椿の葉を燃やし、竹の葉や枯れた小枝を燃やし、
ニックの無念が燃え尽きる頃、生木が燃えだした。



「ほらな。一度火が付けば、生木の方が勢いよく燃えるだろ?」



夕闇の中、炎が高く上がり、竹のはぜる音があたりに響いた。



「なんだか怖いよ、パパ。
火の粉があんなに上がっているよ。」



「ちょっと、ヤバイかな。
ニック、バケツに水を入れて持って来てくれ。」



「え? 消しちゃうの?」



「消すもんか。いいから早く持ってこい!」



水を掛け、炎の勢いを加減し、燃え残りを火の方に移動し、
これを何度か繰り返すうちに、ほとんどが燃えてしまった。



「なんとか、ケリがついたな。
竹はな、燃やさないで埋もれてしまうと、なかなか腐らないからな」



炎と煙がおさまると、今まで気付かなかった星が見えた。



「星が出てるよ、パパ。あれは何?金星?」とニックは言った。



「金星?じゃあねえな。シリウスだよ。
ああ、ニック、オリオンがあんなに高くなっている。
冬ももう終わりだな。
おおいぬ座のシリウスの左上のあれがこいぬ座のプロキオン、
オリオンの右肩がペトロギウス。冬の大三角だ。」



「星でもなんでも、人間は、何にでも名前を付けるねえ。」



「はは、そうだな。
星は星でも、あの星とこの星は別物だということ、
分けるということは、分かるということだなあ。
知恵の始まりだよ。
お前のニックと言う名も、<名前>という意味もあるんだぜ。」



「知恵? ふーん。
知恵って役に立つの?
それとも、役に立つのを知恵って言うの?
役に立たない知恵ってものがあったら、その知恵は可哀想だねえ。」



消えかかったおきから、時々炎がかすかに立った。
プロミネンスのように。



「パパ、言ってもいい?
ぼく、高校へ行けないかもしれない」とニックは言った。



「なんで?」



「成績良くないもの。」



「高校に行きたくねえのか?」



「ううん、行きたいよ。」

「行きたきゃ、行けばいいだろうが。
なに、お前さんなら、大丈夫だよ。
目の前にハードルがあったら、飛び越せばいいんだよ。
それだけの話だ。
学校の成績なんか、パパに言わせたらクソクラエだよ。」



「違うんだ、パパ。
友達が高校に行かないと言うんだ。僕、彼と別れたくないんだよ。」



「そうか。
パパは、いい解答を出せそうもないな。
友達は大事だ、けど、友達はお互いに飛び越しっこするんだ、
てなつまらない話を、お前も聞きたくないだろう。」



「確かに、つまらないや。」



「父親からありがたい金言を聞こうとは思わないこったよ、ニック。
そんなことより、今日のお前は見事な働き手だったよ。
立派だったぞ、ニック。」



「うん、僕もそう思うよ。
でもね、今日の会話、ヘンやで、父ちゃん。
それに、僕はニックやないで。アサオやろ?」



「父ちゃん言うなー。パパと言いなさい!
今日はな、ヘミングウェイな日なんだよー。」



                      2003.2.20