7910113_2 鍛冶屋がその昔いかに「高等」な仕事だったか、今のガキどもは全く知らない、のがおじさんの唯一の不満だった。
人類史上、鉄器の発明は最も革命的だった、といつも言っていた。
道徳や礼節や文学の考案と新しい鉄器と、どちらが人間を豊かにしたんだ?ええ、ボク?と聞くのだ。
「けんど、鉄は戦争と人殺しに役立ったねえ」と僕は言ってやった。
「ふふん」とおじさんは笑う。「戦争の元は、礼節だよ」って。



「人の道」が戦争を導いた、とはボクにはとても思えなかった。



おじさんは寂しげだった。
鍬とか鎌とかを叩いているおじさんは、コドクだったんじゃなかろうか(と今にして思う)。



あちらこちらに火の粉の火傷のあとが残っていたおじさん。
アザラシの皮膚を持っていなかったおじさん。
いつも遠くにいて、逃げてばかりいた「鬼」のようなおじさん。



フランスの『ぼくのおじさん』という小説では、もっと近づいてくれたのに。または、ボクの成長を待っていてくれたのに。
ぼくのおじさんは、隠れるように、さっさと死んでしまった。
死んでしまって、「ここまでおいで」とはやし立てている。



いつまでたっても、ぼくはおじさんに追いつけない。
年齢ではもうすぐ追いつくのに、追いつけない。
アキレスと亀のように、数歩向こうにおじさんはいる。
それで「あっかんべー」と言っているおじさん。



いつまでも逃げ回っているおじさん。