070418 以前書いた通り、ぼくは、舞踏に嫉妬していたし、なんとかして、舞踏の富を、言葉の方に収奪したかった。



それだけではない。



肉体的優位性やインテリジェントな優位性や、
金銭的、地勢的、政治的、出自的な利得や、
または、(宗教的な)神への近さを競う、
もろもろの「優位」へと駆け上ろうとしている<意志>、
すべてを解体したかったのだ。



人間はなんて強欲なんだろうと思う。
ブディスト=ナカムラ(諸兄らは初耳でしょうが)は、
自己批判もかねて、そう思う。



偉大なる中華人民は、他人の作成した「富」(知的財産)を人類共有の富に組み替えようとしている。知的財産権?、どんどんコピーして共有していけばいーじゃないか、ケチなことを言いなさんなよ、ってね。「社会主義」?そんなモダンな「主義」ではない。西欧モダンな諸国から「野蛮国」扱いされてますけど、「富」の普遍化をこころざしています。原始社会主義とも言えるかもしれません。誰が発明しようが、誰が考案しようが、いーじゃねーかよ、みんなでいただきましょうよ、ご馳走様、て訳ですな。カレーを発明した人に著作権料を払った奴はいない!の理屈です。



「俺の(血と汗で購った)芸を無断で盗用するな!」
そんな無法がまかり通ることになれば、だれも進んで新しい芸を発案しようとはしなくなるであろう・・・。
ご心配はごもっともでございます。
コピーして(私的に)儲ける市場があるのですから、単純に<社会化>とは言いにくい、のであります。



ぼくは、市場は健全の方に振れるとなんとなく思っています。
でも、私的富はいつも共有の富の方に解放されている契機をどこかで保存されているべきだと考えています。それを阻止するような市場はダメなんじゃないでしょうか。
難しそうですが、案外「解」は簡単ではないかな。



またもや、ムカデの季節とはなりにけり。
上の写真は何匹めかの遺影です。すぐ掃除機で吸い取りました。
叩き殺したのではないですから、ブッダさん、許してね。
荼毘にふしますよって。