ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』の旧作をテレビで2本
立て続けに見た。
中世の騎士物語を、20世紀の帝国主義対共和国軍の構図に接木した
だけのシンプルなテーマだが、紙芝居風で、結構楽しめる。
ルース・スカイウォーカーとレイア姫が双子の兄妹で、
しかも、宿敵ダースベーダーの子供だったとはねえ。
しかも、ダースベーダーは幼名アナキン・スカイウォーカー、
親子で師オビワン・ケノビーに育てられたジェダイの騎士
だったんですよー。
しかも、親子で闘う宿命なんですよ。
辛いっすねえ。
しかも(しかも、が多いのが、通俗連続ドラマの常道)、
最後には、ダースベーダーは親分の悪の帝王を道連れにし、
死ぬ間際にわが子ルースと和解するんですね。
『エデンの東』みたいに。
感動です。
涙々。
複雑そうなストーリー展開ですが、
(連作の必要上)あえてそうしたというあざとさが、ちょいとネ。
基本軸は、中世騎士物語と、「悪の枢軸国」対「正義の共和国」、
このシンプルさが受けるんでしょうな。
奥ゆかしさの日本映画から比べると、
アメリカ映画はとてもシンプル。
どーして、こうアメリカ人はシンプルなんだ?
と、腹が立つほどうらやましい。
大仰な仕掛けだけで客が呼べると思っているのか?
俺を舐めているのか?
ま、そんなに肩を怒らせるほどじゃないけど。
メジャーだけに任せてなく、
ここは是非、ニューシネマ系にも頑張ってもらいたいものです。
アメリカの影であり傷であるベトナム戦争(とその後)を描いた
『地獄の黙示録』『ディア・ハンター』『タクシードライバー』
などの「名作」から、すみません、それより面白かった『ランボー』
まで、自分の傷を慰謝する(あるいは確認する)視点はあるが、
アジア人に対する視線は、平板きわまりない。
のっぺりした・表情のない・立体感のない異民族としてしか
描かれていない。
無表情か、意味もなく微笑んでいるか、サディスティックか、
どちらかである。
つまり、怪異な、未開発国の表情なんだ。
それに思い当てる節もないではないけど、
ラフカディオ・ハーンのエキゾティズムだったら、その中に
陰影(立体感)をみとめていたろうに、と思う。
アメリカ(的精神の)世界史は一本調子に過ぎる!
陰影=立体的な造形に乏しい!
若造っぽい!
世界の盟主たろうとしているアメリカにとって、
アジアはなお「異邦人」なのです。
つまり、アメリカがもし十字軍だったら、邪教の国
ということになります。
私は、正義という概念を日本から学んだことは、あまりない。
太宰治と宮沢賢治以外は。
やはり、『大草原の小さな家』でしょう。
正面切った家族愛・同報愛・人類愛があった。
迫害されたインディアンや黒人に対しても、上手にカバーしていた。
世界一のホーム・ドラマだと言えるでしょう。
『一丁目一番地』や『サザエさん』『ちびまるこちゃん』には、
世界の規範たろうとする野望は、ない。
アメリカは「世界の良心」を目指しました。
なんて厚かましいんでしょ。
周辺諸国のそれぞれの事情はあるのだけれど、
この「こころざし」は、崇高、なんでしょう。
1620年、イギリスのピューリタンが新大陸に乗り込みました。
「新大陸」ちゃうやろ? 人住んでるやん!
それでも、「新大陸」、
♪This Land is Your Land This Land is my Land
アフリカから黒人を拉致し、
♪This Land is Your Land This Land is my Land
インディアン虐殺し、
♪This Land is Your Land This Land is my Land
サッコ&バンゼッティ、など、「赤狩り」しまくり、
♪This Land is Your Land This Land is my Land
わたしの好きなウッディ・ガスリーが、
アメリカの愛国歌になっちまいました。
そもそも、キリスト教は虐げられた人々の宗教でした。
時の支配体制(エスタブリッシュメント)と結びつき、「国教」と
なるには、かなり無理が生ずる教えです。
16世紀のプロテスタンティズムは、
興隆しつつある市民階級の
「富は神の国に入るのに邪魔になるまいか?」という難題に、
「営利・蓄財は神の思し召しに叶う」と判定した。
ただし、富が沼の底に沈殿せず、世の人々に還流すれば。
ここからは、資本が「私腹を肥やす」資源、というのは、
副次的な作用になる。
つまり、財は社会的な(社会化の波にいつも洗われる)資本になり
ます。
富を集積し、また派遣し、再び召還する。
このダイナミズムが、世界中の牧歌を駆逐していった、
と言えるでしょう。
残虐の中世を、
エンペラーの支配するアジアを、
暗黒の舞踏世界・アフリカを、
この潮流を、「グローバリズム」と言う。
今のところ、グローバル・スタンダードの指揮権をアメリカが
握っています。
アメリカ一国に富が集中するシステムを作り上げたのは、えらい。
エシュロンも大いに貢献していることでしょう。
ただ、「グローバリズム」が、一国だけの特権として行使される
理由はない。
プロに対してアマチュアリズムがあるように、
大国の覇権に対してローカリズムもあるってもんでしょう。
一国の利権と民衆の倫理的な価値が同致している時代はある。
夏目漱石は、お国のためが自分の利益になるんだから
いい気なものだ、とどこかに書いていました。
わしは、「正義」が大好きだが、
それが通用する範囲は心得ているつもりだ。
慎み深さは「正義」の重要な要件だ、ってね。
守備範囲を逸脱すれば、単なる強権なのです
十字軍的グローバリズムも、グローバルな視点が欠けておれば
つまらぬ「主義者」なのだよ。
せいぜい拡張しても、一国の範囲を出ないね。
この項、別の面から続く、かも。 2002.9.10