お気楽どころの騒ぎではない。
(リ)コメント欄に書きかけていましたが、
重苦しい話題になりそうだし、
うちの規定の3分以内ではとても書けないし。
敢えて本編に書きます。
たまにですので、許してください。
沖縄は、
<非行としての戦争>を集中的に代理したキー・ポイントです。
文化的にも地理的にも天皇制とは最も離れた所であり、
天皇制をひっくり返すチャンスを日本でかろうじて持ち得た
場所です。
土着のユタ神や琉球王制が、
なんで異郷の天皇如きになびかねばいけなかったんだ?
支配(思想)制度の確立をもくろむ天皇家を悩ませたのは、
出雲や蝦夷や紀伊らの鄙(ひな)人たちでした。
彼らは彼らの神を持っていたからです。
「まつろわぬ」彼らに対して天皇制の講じた策は、
「あなたがたの神は私どもで祀(まつ)りましょう」でした。
軍事的な制圧も、その効を奏したのは「神を委譲する」という
高度なプログラミング[技法]があったからです。
地方神は皆そのビッグ・ウェーブに乗ることで保身したのだ。
廃(すた)れるよりもいいじゃないか、って。
沖縄も固有の信仰を(天皇制に)委譲した。
このことは、どこの土地でもジさまバさまに聞けば明らかです。
辺境所がより過敏に馳せ参じた、ということがあるかも知れません。
戦時中は、みんな「戦時体制」に試されていたのです。
踏み絵みたいに。
独自文化を持つ沖縄も、それに組み込まれた。
日本制グローバリズムなのでした。
心ならずも、ではなく、身も心も日本国に挺したのだ。
あげくが、このざまです。
物心とも受けた傷は大きすぎる。
この傷を少なく見積もることでしか基地提供はできないはずだ。
敗戦国・日本は「どうぞ」としか言えなかった。
沖縄の傷は深い。
「傷は浅いぞ、しっかりせよ!」?
何言ってるんだ。浅い訳がないのです。
この大戦で最も深く傷ついたのは、沖縄ではないか。
続く。