土佐の国、現在の高知県に流れる物部川にまつわる民話をお話しします。ダウンロードしたら、お好みのワープロにコピーし、ゆっくり読んで下さい。



この川は、どんなに大雨が降っても、水かさはほんの少ししか増えないそうです。それで流域の人は洪水にあったことがない。不思議と言えば不思議です。



それでも、もっと、ずっと昔は、物部川は土佐の国一番の暴れ川でありました。十年に一度は氾濫して、収穫物も家も畑も牛も一夜のうちにかっさらって海に押し流してしまったものです。



物部村という村の名主のせがれにトウザという若者がいた。この若者は大変な暴れ者で、小さい頃から体が人一倍大きく、相撲でもやれば大人でもコロコロ負かす位で、腕力を持て余し、隣の村にまで喧嘩を吹っかけに行ったりしていた。道に牛がいればひねり殺し、松の木が偉そうだと云っては引っこ抜き、鴨居に頭を当てたと云っては家を引き倒す、傍若無人の悪たれであった。両親はトウザが事を起こすごとにお詫びに走り回ったが、馬鹿な子ほど可愛いという通り、叱ることもせず、「お前もそろそろ一人前だな」とかなんとか、訳の分からないことを言うばかりで、母親はせっせと金子を包み、父親は天井を見上げてはやたらキセルを吹かしていた。下手なことを言ったら、殺されかねないですからね。



阿修羅のようなトウザにも、恋は来る。
隣村のハルという少女。
例によってトウザが隣村各地に遠征に行き、ある村一番の力持ちの男と取っ組み合っている時、この少女の哀れむような瞳と目が合ったとたん、トウザ、ころりと転げ倒れた。
「今日は腹具合が悪い。この勝負は又にしよう」ふふん、と捨てぜりふを遺して、肩を怒らし帰ったが、その日から何か気抜けしたようになり、乱暴狼籍は以前よりひどくなったものの、何事にも投げやりで、松の木を引き抜きかけた途中でも「つまらん」と言って止めてしまう。牛は半殺しの状態で捨ててしまう。村人は壊れかけの家をながめて「いっそ全部壊してもらった方が後かたづけが楽でいい」と、以前にも増してトウザの乱暴に困り果てた。♪中途半端はやめて~、というんでしょう。



ある晩、村人は談合を交わし、衆議一決、トウザの追放を名主に進言することになった。翌日、トウザがどこかの村に出かけたのを見計らって代表は名主の家に赴き、村人の決議を申し述べた。父親は「うむ」とだけ言って彼を帰した。夕方、擦り傷だらけになって帰ってきたトウザに、母親に膏薬を塗らせながら、おっかなびっくり、遠回しすぎて何を言っているのか要領を得ないながら「寺に入って、それからこの家を継げ」という意味のことを言った。
親父の繰り言を鼻で笑いながら聞いていたトウザだったが、その主旨がやっと飲み込めた時、怒り狂った。
母親を突き飛ばし半病人にし、父親を張り飛ばし「耳の不自由な人」にし、大黒柱一本むしり取り、こいつを振り回しながらぷいと家を飛び出して行った。



その月夜の晩に隣村との境をなす小高い丘の上で泣きながら岩をちぎっては投げ捨てていたトウザを見たと申す者や、いや、おれはトウザと娘が月を見ているのを見て逃げ帰ったと申す者などがいましたが、さて、幻でも見たのでしょう。



 あくる朝、トウザは大黒柱をぶん回し村全部を廃墟にしてしまう位の申し分のないほどの暴れ方をして、父親の言いつけ通りの山寺に登った。その冬からトウザの寺の鐘が三里離れた村々にまで響きわたった。
 村人は「トウザの鐘だ」とおののき、トウザの母は父親に鐘が鳴っていることを教え、父は聞こえぬ耳に手を添えて聞こえぬ鐘を探した。
 二年過ぎ、三年過ぎ、トウザ入山から五年目の夏の雨の日、ぼろぼろの僧衣を着た堂々の体躯の青年が村にやって来た。トウザである。村人の騒ぎ立てるのも聞かず、両親の住む家にづかづかと上がり込んで飯を貪り喰らい、涙を流すばかりの老父母に、「帰ったぜ。五年間も我慢したんだ。もう、坊主はやめた。あいつらはつまらぬ言葉の遊びしかしないから、こっちからおん出てやった。これでも少しは大人になったつもりだ。俺は嫁を貰うのだ」と言った。
老母は涙ぐみ「おお、そうか、それではいい嫁を見つけてやろう」と言ったが、彼は「いや、嫁はもう決めている」と言い放ち、呆れる母を置いて、これから行くと、家を走り出た。
外は小降りから、もう大雨になっていたが、ミノも着けずに隣村まで一気に駈けた。ハルの家には、母と妹しか居なかった。
「ハルはどこだ。」
母親は、おびえながら「ここにはいない」と答えた。
「どこへ行ったのだ。」トウザは嫌な予感がした。
母親は、やっとの思いで「嫁に行ったJと答えた。
トウザは激しく怒り、その家を叩き潰し、気の速くなりかけた母親から聞き出したハルの新居に走り駈けた。叩きつけるような大粒の雨が一間先も見えぬくらい降りしきっていた。
物部川の土手下の大きなクスノキのかたわらにハルの新居はあった。
窓から中を窺うと、ハルは赤ん坊をあやしながら婿と談笑していた。



楽しげな笑い声はトウザの胸を刺した。トけザの握りしめる窓の桟がくだけた。若夫婦は窓の向こうに青ざめた男の顔を見た。ハルは直ちに彼がトウザであることを悟った。赤ん坊を夫の胸に抱えさせ、転げるように土間から裸足で雨の叩きつける外に飛び出し、後ろ手に戸を固く閉ざして、彼を見据えた。
「トウザね。」
トウザは一言も発することが出来ず、ただ一歩にじり寄った。
「来ないで!」ハルは叫んだ。
足に釘を打たれたかのようにトウザはその場に立ちすくんだ。
「俺は、お前の言う通り寺に行った。帰った来たら所帯を持つというので、俺は約束の五年、じっと待った。ただ鐘を打っていた。お前に聞こえるように。それだけを祈って打っていたのだ。俺は五年間、何をやっていたんだ。あの約束は。嘘だったのか。」
「嘘じやない!嘘じやないのよ。」
「もういい。もういいのだ、ハル。
せめて、お前の子を俺に見せてくれないか。」
「だめ!」ハルは戸の前に立ちふさがった。
「あたしの家に入らないで!お顧いだから帰って。
あたしたちを壊さないで。」
トウザはワァッと叫んで雨の中に駆け出した。
ハルは雨しぶきがはねる地面に崩折れ 慟哭した。
トウザは物部川の土手に駆け登り、三人の家族を包む小さな家を見下ろし、「南無」と叫んで怒涛逆巻く濁流に身を翻えした。トウザの僧衣が木っ葉のようにあおられ、それから二度と見えなくなった。



雨足はさらに激しくなった。
流水は土手の頂きを舐めだし、ひい、ふう、と十も数えるうちに土手を乗り越えるか、決壊するであろう。ハルの家も、近隣の田畑も、何もかも流してしまう大洪水になるのは必定だった。



ところが、その時からほどなく、雨足がおさまり、土手の上をちろちろと不気味に舐めていた水も徐々に引き下がっていった。



翌朝は、厚い雲が怪しく飛んではいたが雨もあがり、村人は安堵の胸をなでおろした。その上、洪水よりも恐れられたトウザの影もなかった。



その後、暴れ川の物部川はぷっつりと大人しい川になったといいます。
ハルの一家も平和な時を過ごし、夫が大往生を遂げた翌年、子供たちや孫、ひ孫たちに見取られながら老ハルは静かに息を引き取ったそうです。



これでおしまいです。
トウザを知る人もいなくなりました。



どんな馬鹿な男にも、命を賭けた恋はありましょう。
おそらく、ハルにも。



            2003・5・14  高知民話探訪会・中村