当時中学3年の長男(17)を餓死寸前まで虐待したとして
殺人未遂罪に問われた実父の烏野康信被告(42)に対し、
大阪地検堺支部は3日、懲役15年(求刑懲役15年)の判決を
言い渡した。 (高知新聞 2005.10.3夕刊)
昨年2月の同報版の続きです。
ってゆーか繰り返しです。
保護から2年近くたった今も自力では動けないまま。
検察の論告で「精神発達の程度は幼児レベル。
一生寝たきりの可能性が極めて濃厚」
と指摘されるなど深刻な障害が残っているという。
胸が痛みます。
親は子に何を伝えるのか、ってえと、
つまるところ、食料の獲り方と子供の育て方です。
「生きる力」を伝え得たところで、親はとっとと死んだほうがよろしい。
なまじ長生きをするから、子の成熟が先延ばしされるのです。
めでた、めでたの長寿社会にも、弊害がないことはない。
長寿になって子育てが下手になった。
と類人猿から後ろ指をさされることになりました。
長寿×成熟期(自立)の先延ばし×社会的な先行き不安
が子供の熟成に横槍を入れました。
養老孟司は、高知新聞某月某日に、
子供にはちゃんと子供期を過ごさせなさい!と怒っていました。
その子がまっとうな扶養期を経過し得なかったら、
親となっても同じことを伝えるしか他にやりようがないことになる。
産まれた子に責任は、もちろんない。
ないのに責任は取らされる。
K氏の困惑はここにある。
「俺は無罪だ!」と、心の底では叫んでいるはずです。
「誰が子育てを教えてくれた?誰も伝えてはくれなかった!」と。
善良な市民としては、
「子育ての不条理を超えて行くのが誠の親だ」と言いたいのだが。
少子化、は、我が子に真っ当な小児期を保証しきれなくなったからです。
太宰治は、子供より親が大事と思いたい、と言いました。
その親があっぷあっぷなんだからねえ。
この事件がニュースになったのは、
「人が犬を噛んだ!」の類の珍奇な到来物だったからではなく、
(それだったら、たんなる見世物興行です)
善良な一般ピープルの足元にひたひたと押し寄せる
不善良で非パンピーなツナミであることを察知したからに違いない。
小児期(胎児期~少年期を含める)に彼の黄金時代を保証しなさい。
そうすればたいていの困難は乗り越えられる。
たぶん。
うちとこは?
ご安心ください。
最悪です。
「政治的課題」とか言って、
政治家連中は天下国家に浮き身をやつしていますが、
こういった危機には、まったく無頓着でいられる奴らばかりです。