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生きがい探しのための、こころと潜在意識との付き合い方

このブログでは『潜在意識』を味方につけるヒントや『超意識』から見た人生観などをつづっていきます。スピリチュアル大好きな人にも、アンチの人にも、皆さまのお役にたてれば幸いです。

人といえば、アーティストも同じようなもの、、、
と感じるのは私だけでしょうか(^_^;)

先日、はじめて篠原有司男さんというアーティストを知りました。
御歳80歳以上のカッコイイおじいさんです 合格

ボクシングのグローブを絵筆がわりに、
キャンバスに ぼかぼかっ ドンッと ジャブ グーを入れて、
絵を「描いて」行きます。

名付けて 『ボクシング・ペインティング
というそうです。


その篠原さんの言葉がまた印象的でした。

表現も何もなくて、僕のボカボカの行為だけ。
それで僕はそれをやるだけで、無責任なわけよ。
  (略)
だから、僕いつも言うんだけれども、
責任の半分は見る側にある、いうふうにね、(略)
見る側の人のほうが、これを見て、感じて、くれればいいなと思ってね。
  (FNNスーパーニュース・アンカー【2014.05.16放送】より引用)



責任の半分は見る側にある


今まで私は、
アート作品をどう見るのかは「自由」なのだと思っていました。

でも彼はそれを、責任 と表現します。


それで 感じたのです。

わたしがいつも感じている「自己責任」と、
これって同じ匂いがする! って。




昨日、悲劇のヒロインのお話しを書きました。

ムカついてしょうがない悲劇のヒロインがいるときに、
なんで自分を振り返るチャンスなのかはてなマーク

見る側のバックグラウンドによって、
見えてくる世界、感じるものが皆それぞれ違うからです。
悲劇のヒロインにムカつくのは、見る側の内面・背景の
何かがそれに反応しています。

これを 投影 と言ったりもしますが、
難しい言葉は置いておきましょう。


悲劇のヒロインを見てムカつきを「感じる」のは、
見る側の「責任」なんです。少なくとも半分。。。。汗




本日もお読みくださり、ありがとうございます。