脳梁離断手術! | ある日子供が難病と診断されましたけれども。

ある日子供が難病と診断されましたけれども。

結節性硬化症という難病の子と生きる

子育てしながら、仕事しながら、通院したり、たまに入院したり…etc.

先のことは考え出すとどうしようもないので、とにかく毎日をがんばって生きてます。

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結節性硬化症という難病と診断され、それによる難治性てんかんと知的な遅れ、自閉傾向などなどがあるいっちゃん。もうすぐ5歳やけど、言葉は自分の欲求を伝える言葉だけ。

 言葉も少ないし自閉っこやけど、「ママ、ママ、だっこドキドキ」とママ大好きでいてくれる、素直なカワイイ女の子です。 

薬を増やしても発作は治まってくれず、VNS(迷走神経刺激)の手術をしてもだめで、脳梁離断手術をすることに。。

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とりあえず、手術無事終了しました!!


今朝、6時以降絶飲食だったため、6時に起きて薬を飲ませて。

7時半には手術衣に着替えて、眠くなる座薬を入れて待機。8時に病室を出発して、いっちゃんはカートに乗せられて手術室へ。。


広大病院の手術室に来るのは、1年前のVNSの時以来2回目。

最初の自動ドアを入ったところで、私も不織布の黄色い割烹着みたいのを着て、小学校の給食係の帽子みたいのをかぶり、マスクをして更に奥の扉を入る。


広い廊下にたくさんドアがあり、広い手洗い台があり、そして手術室の鋼鉄でできたような大きな自動ドアが並ぶ。いっちゃんの手術室はOR7。


脳外科の先生が来るのを待って中へ。

手術台に移され、手際よく準備が進んでいく。

座薬が切れてきたのか一度眼を覚ますが、気体の麻酔薬のマスクを付けられてすぐにウトウトするいっちゃん。


私は、「いっちゃん大丈夫よ。いっちゃん大丈夫よー。いっちゃんがんばってね!」手を握って胸をさすりながら、できるだけ優しく声を掛けた。


「じゃあお母さんは病棟に戻って待っててくださいね」

先生に促されて病室に戻る。


手術は8時間くらいと聞いてたし。終わるの夕方4時かぁ。。

私は普通にかかってきた仕事の電話に対応したりしつつ、割と普通に過ごした。3時半くらいまでは、、


まだかなぁと思い出してからが長かった。借りてたジブリの映画見たりして。結局呼ばれたのは6時前。


再び看護師さんと手術室へ。

部屋に入ると、あらかじめ運び込まれてた病室のベッドに寝かされていた。

最初の印象は、、顔色が悪い。。いわゆる土気色?目は白目を剥いて。

頭は、右のこめかみから左のこめかみまで幅3センチくらい髪が剃られて、大きな太い手術痕の上に半透明のシールが貼られ、それをまたバチバチと医療用ホッチキスで留めてあったアセアセ


「いっちゃん、がんばったね!大丈夫?」

声を掛けていると、白目を剥いてた目にゆっくりと黒目が戻って来て、、ゆっくり私を見て、


「マ マ」


とかすれた声で力なく、でもはっきり言った。


脳梁離断の術後はしばらく言葉が出なくなったりすると聞いて覚悟してたので、この私の顔を見て私を認識して言葉が出て、一気に安心して涙が出た。


そのまま、地下に降りてCTを撮り確認。問題なしとのことで、手術の成功が確認された笑い泣き


出血も多かったら輸血するサインをしてたが、それも必要なかったとのこと。


部屋に戻ってもウトウトしてたまに眼を覚まして、「ママ」とか言いながら、歌絵本でハッピーバースデーを歌うとゆっくりだけどちゃんといつものように歌えたし。


これからどのくらいで回復して元気になるのかは心配やけど、とりあえず手術が無事成功して、今日は良かった良かった!にやり