第21回 別府湾沿岸を走る

 

 大分県の真ん中、北側の国東半島と南側の佐賀関半島に挟まれて、瀬戸内の流れが大きくU字型に切れ込むところに、おだやかに光る波静かな別府湾があります。湾岸には日本有数の湧出量を誇る別府温泉や、海水浴場や水族館、野生の猿を餌付けして、檻がなく自然のままの猿達を観察できる高崎山もあります。JR日豊本線の特急を使えば、大分県の海沿いは日帰りの範囲であり、国東半島の南側、別府湾まで行ってみました。

 GWの直前、人によってはGWに突入した4月27日、JR日出(ひじ)駅から、自転車をこぎだし、別府湾沿岸を走って、JR大分駅まで行ってきました。

 

今回訪れた場所と経路です。

 

➀JR日出駅(スタート地点)  ②日出城址      ③人柱祠(ひとばしらのほこら)

④関の江海水浴場       ⑤別府みなと市場   ⑥上人ヶ浜公園

⑦大阪行きフェリー乗り場   ⑧餅が浜海浜公園   ⑨別府タワー

⑩大分マリーンパレス     ⑪高崎山自然動物園  ⑫JR大分駅(ゴール)

今回の走行距離は約26kmでした。 

 

➀JR日出駅 (スタート)

 本日のスタート地点です。「ひじ」と読みます。

 

 日地町には、国道10号線を北上すると、サンリオキャラクターパークのハーモニーランドがあります。東京都多摩市にあるサンリオピューロランドの姉妹施設として、1991年に開園しました。そして昨年12月に、ホテル等を建設して滞在型のリゾート化する計画が発表されました。千葉県にある「ねずみランド」みたいなものを目指すのでしょうか。

 本日は、ここから別府湾沿いを南に、JR大分駅まで走ります。

 

 別府湾に出ました。しばらく日出海岸遊歩道を走ります。

 

 

②日出城址

 遊歩道を走ってすぐ、日出城址があります。

 

 1602年(慶長7年)、速見郡日出三万石を与えられた日出藩主・木下延俊によって築城された日出城(別名:暘谷城)の城跡は、現在、城址公園として城を囲む石垣や堀、松並木などを別府湾の景色とともに楽しめます。

 本丸下の海中には真清水が湧く一帯があり、“城下かれい”の呼称で有名なマコガレイの生息地として知られています。この城の下にある海岸付近では海底の数箇所から清水が湧き出て、付近の海域は塩分濃度の低い汽水域となっています。このため、この海域で海水性・淡水性のプランクトンを食べて成長するマコガレイは、泥臭さがなく、味は淡白かつ上品であることで知られており、城の下で獲れることから「城下かれい」と呼ばれています。「関アジ・関サバ」と並ぶ大分県のブランド高級魚です。5~7月初旬頃が最も美味しい時期といわれています。大分県にお越しの際はぜひご賞味下さい。

 

③人柱祠(ひとばしらのほこら)

 

 1960年、日出城下海岸遊歩道の工事中に木棺が発掘されました。棺は岩盤をくりぬいた穴に収められ、その上に大石が乗せられて石垣の基盤となっていたそうです。棺の中からは老武士らしき遺体の人骨とともに陶製の翁像が、大石の上からは兜の金具などが発見されたそうです。大分大学の教授等の調査の結果、日出城築城当時の人柱であろうと推定されました。日出城の築城当時は祠のある西南部の地盤が弱く難工事であったと伝えられており、また、方位上から城の裏鬼門にあたることなどから人柱を立てたのではないかと考えられています。

 築城工事で人柱と言えば、未婚の美しい若い娘というのが定番ですが、ここでは老武士です。日本全国に人柱の伝説は様々なところで伝えられていますが、これほどの物証の揃ったものはここ以外には確認されていないそうです。実のところ、築城工事で人柱を立てることはなかったのかもしれません。

 

 遊歩道はここまで。ここからは国道10号線を走ります。

 

 

④関の江海水浴場

 別府市唯一の海水浴場です。

 

 長さ200mほどの海岸ですが、国道10号線から直ぐと、アクセスが良いことから割とお客さんも多いようです。

 

⑤別府みなと市場

 1階は土産物店、2階は新鮮な魚介を使った海鮮料理のレストランです。

 

 お昼ご飯にはまだ早かったのですが、幟の「関アジ・関サバ」の文字の誘惑に負けて、早めのお昼としました。選んだのは、好みのネタを選べる「勝手丼」。ご飯、みそ汁、茶わん蒸し、卵黄、漬物の基本セットに、関アジ、関サバはもちろん、イカ、マグロ、ウニなどの20種類以上のネタを自由に選んで、好みの丼を楽しめるものです。私が選んだのは、関サバ3切れ、関アジ3切れ、そして、「りゅうきゅう」を大さじ1杯。

 

 写真は少な目のご飯に自分で盛り付けて、卵の黄身に醤油を垂らして、丼にかける直前です。旨かった。

 「りゅうきゅう」とは、新鮮な魚を、醤油、酒、みりん、ごま、生姜とでつくるタレと和えた、大分県の代表的な郷土料理です。刺身を捌いた後の切れ端や余った刺身を使うのが一般的ですが、「りゅうきゅう」をつくるために、わざわざ新鮮な魚を用意する飲食店もあるようです。旨いです。一度食べてみてください。大分県に本社と工場がある醬油メーカー、フンドーキンから「りゅうきゅうのたれ」が発売されています。Amazon等ネットでも入手できます。一度お試しください。

 

⑥上人ヶ浜公園

 この辺りは、今から700年前(建治2年、1276年頃)全国巡礼中の一遍上人が九州に立ち寄る際、最初に上陸した場所と言われており、「上人ヶ浜」と名前がついています。

 

 最近になって、砂湯や足湯、大浴場、宿泊施設、ショップ等が充実したリゾートパークとして人気のようです。

 

 

 近くには、別府国際観光港があって、時々クルーズ船が入港しています。

 この日は、ザ・リッツ・カールトンヨットコレクションが運航する最新の豪華客船「ルミナーラ」が入港していました。

 

 興味がある方は参考資料をご覧ください1)。庶民には縁遠い話です。

 

⑦大阪行きフェリー乗り場

 ここから、大阪南港までフェリー「さんふらわあ」が出ています。

 

 新門司-神戸・泉大津間の阪九フェリーといい、最近のフェリーは、スイートルームや洋室、和室、グループ向けのベッドルーム等が充実しており、昔のいわゆる「雑魚寝」の大部屋はなくなっています。さらに展望風呂やレストラン、売店も充実していて、快適な船旅ができるようになっています。関西方面から九州への旅は、フェリーも良いものです。他に、愛媛県八幡浜へのフェリーも出ています。

 

⑧餅が浜海浜公園

 遊歩道を主とした海浜公園です。

 

 人が少ないので、ゆっくり散策したり、ジョギングしたりにうってつけです。

 

⑨別府タワー

 1957年に完成した、高さ100mのタワーです。

 

 別府タワーは、「塔博士」としても其の名を轟かせていた(らしい)内藤多仲早稲田大学名誉教授が設計したもので、名古屋テレビ塔や通天閣と共に「タワー6兄弟」と呼ばれているそうです。6兄弟は、名古屋テレビ塔(名古屋市、1954年)、通天閣(大阪市、1954年)、さっぽろテレビ塔(札幌市、1957年)、東京タワー(東京都、1958年)、福岡ポートタワー(福岡市、1964年)、そして、別府タワーです。なお、「福岡ポートタワー」は博多港に建っているタワーで、百道浜に建っている「福岡タワー」とは違います。

 

⑩大分マリーンパレス

 1964年(昭和39年)設立された、大分生態水族館が始まりです。

 

 その後、海女(マリーンガール)による水槽内での魚の餌付けや、魚の輪潜り等の曲芸で話題となり、日本中で注目されました。「潮流式回遊水槽」は世界初だそうです。小学生の頃、社会見学で言ったことがあり、海女の餌付けや魚の曲芸を見た記憶があります。電気ウナギを刺激して、電気を起こさせて「只今の発電は600ボルトです」とかやっていたのを記憶していますが、今でもやっているのかなあ。2004年にリニューアルして、大分マリーンパレス水族館「うみたまご」となりました。

 

⑪高崎山自然動物園2)

 「うみたまご」から国道10号線を挟んで山側、大分市と別府市の中間地点に位置する標高628mの高崎山のふもとにあり、野生のニホンザルを間近で観察することができる日本でも有数の自然動物園です。

 

 サルが自然の状態で、オリもなく観光客のすぐそばまでやってきます。この日は久々に訪れてみました。

 ここの猿は野生とはいえ、餌付けされているので人間になれており、訳もなくこちらを威嚇することもありません。目を見たり、からかったりしなければ、おとなしいものです。

 入口に注意事項が掲載されていました。

 

 足元で毛づくろいをしている猿もいます。

 

 2日前に生まれたばかりの子ザルを抱えた母ザルがいました。

 

 猿といえば、ずいぶん前、三重県いなべ市阿下喜という三重県の北にある田舎の町に住んでいた時、本物(餌付けなどされていない)の野生の猿が家族(子ザル含めて10頭ほど)で家の周りに来たことが何度もありました。本物の野生なので、ボス猿は気が立っていて、人が近づくと正に真っ赤な顔で威嚇してきました。当時私の子供たちはまだ小さかったし、そのままにしていたら危ないので、爆竹を束で鳴らして、追い払ったことが何度もありました。

 

⑫JR大分駅(ゴール)

 本日のゴールです。

 

 駅前に大友宗麟の銅像があります。

 

 大友宗麟は、戦国時代から安土桃山時代にかけての豊後の有力大名です。同じ時代の大名達が領地拡大の戦に明け暮れる中、宗麟は、日本国内のみでなく、むしろ、広くアジアに目を向け、貿易による莫大な経済力を背景に力を蓄えていった経済大名であります。こうした宗麟の姿勢は、アジアのみならず、ヨーロッパにも大きな影響を与えていたようであり、当時ヨーロッパで描かれた日本地図には、九州全体が「BVNGO(豊後)」と記されており、これはヨーロッパ人などの目を通して、豊後、あるいは宗麟の力が大きく認識されていたということを示すものと言われています。

ところが、宗麟は地元の大分県内でも評判は良くないようです。これは、江戸時代に、毛利氏や鍋島氏らが行ったネガティブキャンペーンに根差すものだと筆者は思います。もっと宗麟を見直すべきですが、銅像が建てられているということは、見直されてきているということでしょう。

 

 今年の4月は雨の日が多く、この日は珍しく良く晴れてくれました。自転車で走り抜けただけでしたが、次に訪れるときはゆっくり温泉に浸かって、久しぶりにラクテンチにでも行ってみたいものです。

 

終わり

 

参考資料

 

ザ・リッツ・カールトンヨットコレクション

1)  ザ・リッツ・カールトンヨットコレクション

URL https://www.ritzcarlton.com/ja/yachts/

 

高崎山自然動物園

2)  高崎山自然動物園

URL https://www.takasakiyama.jp