第24回 筑後川を下る ~筑後川サイクリングロード

 

 夏眠という言葉があるそうです。高温や乾燥など過酷な夏の環境をしのぐために、動物が活動を止めて代謝を下げ、土中などでじっと過ごす「夏版の冬眠」のような休眠状態をいうそうです。カエルやカメ、トカゲ等の爬虫類に多いそうです。人間の場合、夏の間エアコンの効いた部屋に籠ってじっと過ごすといったところでしょうか。今年の暑かった夏も10月になってようやく過ごしやすくなってきたので、夏眠から起きだして、自転車を走らせようと思います。

 

 筑後川は、熊本・大分・福岡・佐賀の4県を流れる九州最大の1級河川です。その源は熊本県阿蘇郡瀬の本高原で、高峻な山岳地帯を下って日田市にて、くじゅう連山から流れ下る玖珠川と合流した後、山間盆地を下ったのち、筑後平野を流れて有明海に注ぎます。筑紫次郎(つくしじろう。“西国にある日本第二の大河”の意)の別名で呼ばれることもあり、利根川(坂東太郎)、吉野川(四国三郎)と共に、日本三大暴れ川の一つとも言われています。時代によっては、一夜川(いちやがわ)と呼ばれることもあったように、「洪水によって一夜にして豊穣な土地が荒地に変化する」との伝承もあります。

 この河川敷の、福岡県久留米市の宮の陣橋付近からうきは市吉井町まで、約27kmの自転車・歩行者専用道路、筑後川サイクリングロードが整備されました。今回はこのサイクリングロードを走ってきました。

 10月3日、晴れ、マイカーに自転車乗せてJR久留米駅近くのコインパーキングに止め、久留米駅から自転車担いでディーゼルカーでJRうきは駅まで行って、サイクリングのスタートです。

 

今回訪れた場所と経路です。

①JRうきは駅(スタート)  ②長野水神社    ③自転車道入口

④原鶴大橋           ⑤山田堰      ⑥スカイピース飛行場

⑦両築橋            ⑧筑後川橋     ⑨神代橋

⑩宮の陣橋           ⑪久留米閘門    ⑫久留米城跡

⑬JR久留米駅(ゴール)

 今回の走行距離は合計約35kmでした。

 

①JRうきは駅(スタート)

 JR久大本線のうきは駅につきました。

 

 久留米と大分を結ぶ鉄道路線なので、久大本線です。1989年に運航開始した、九州初のD&S(Design & Story)列車、「ゆふいんの森」1)が走る路線です。

 ここで自転車を組み立ててサイクリングに出発です。

 

②長野水神社

 途中、長野水神社で本日の安全祈願です。

 

 江戸時代の寛文3(1663)年に、大干ばつが吉井町周辺を襲いました。これを機に、山下助左衛門(やましたすけざえもん)をはじめとする5人の庄屋は、筑後川が流れる大石地区に堰を造り、掘割を掘って水を引く開削工事(土地を切り開いて道路や運河などを通すこと)を久留米藩に申し出ました。しかし、筑後川を利用した用水路開削工事は難事業であるため、藩からの許可はなかなか下りません。そこで5人の庄屋は、失敗したら処刑になる覚悟で請願書を提出して難工事に着手。そして寛文4(1664)年3月、工事は無事に終了し大石堰が完成しました。ここより少し上流にあります。人々が5人の庄屋の偉業をたたえて祀ったのが、ここ長野水(ながのすい)神社(五霊社)です。

 

③自転車道入口

 ここから自転車道に入ります。

 

 正式名称は、「県道806号吉井久留米自転車道線」です。

 

 

④原鶴大橋

 この橋を渡れば原鶴温泉街です。

 

 その昔、河原で湯あみをする鶴を見て、その名が付いたとされます。

 

 筑後川でも鵜飼が行われていて、橋のたもとに鵜飼乗船場があります。

 

 営業は、9月30日までで、撤収中のようです。

 鵜飼と言えば、「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」と芭蕉が詠んだ岐阜県の長良川鵜飼が有名です。長良川の鵜匠は宮内庁式部職鵜匠という国家公務員だそうです。筑後川の鵜匠はどういう身分なのか興味が湧いたので、朝倉市の観光協会に問い合わせてみたところ、当然国家公務員ということもなく、また特に県や市の職員ということでもなく、伝統工芸を受け継ぐ個人の位置づけのようです。朝倉市や観光協会が支援し、鵜飼船を運航している(有)パームリーブスという会社から委託を受けて行っているようです。なお、岐阜でもそうですが、ここ筑後川の鵜匠も世襲制だそうです。

 

⑤山田堰

 少し寄り道をして山田堰を見に行きます。

 

 筑後川流域の新田開発と灌漑事業として、先の大石堰を始め四つの堰が築造されました2)。この山田堰もその一つです。寛文3(1663)年に完成し、寛政2(1790)念に大改修が行われました。この堰は水流に対して斜めに配して水圧を緩和するという斜め堰で、ペシャワール会代表の医師、故中村哲さんがアフガニスタンに広めた灌漑技術のモデルになったそうです。

 この山田堰から取られた水は堀川用水を通って、観光名所でもある「朝倉三連水車」に続いています。

 

 一時的に堤防の上に出ます。稲穂が稲刈りを待っています。

 

 

⑥スカイピース飛行場

 筑後川河川敷にも空港があります。

 

 河川敷に滑走路がる空港としては富山空港(愛称:富山高山すし空港)が有名ですが、ここの空港はラジコン飛行機専用の滑走路です。ラジコン飛行機のクラブである「スカイピースクラブ」という団体が運営しているそうです。

 

 この日は土曜日ということもあってか、いくつかのグループがラジコン飛行機を飛ばしに来ていました。河川敷は広いし、障害物も見当たりませんので、ラジコン飛行機を飛ばすにはうってつけでしょう。

 

 飛行場を過ぎた辺りからまた河川敷におります。

 牧草ロールも見られます。家畜の飼料にでもするのでしょうか。

 

 

⑦両筑橋

 対岸は朝倉市です。

 

 大分老朽化しているようで、隣に新しい橋を建築中でした。

 

 新しい橋桁の影でお昼のおにぎりを食べました。

 

⑧筑後川橋

 対岸は大刀洗町です。

 

 橋の下はちょっとした公園になっていました。仮設トイレもあります。

ちょっと一休みです。

 

 

 ルート中、河川敷を走ってはいるのですが、雑木林等で川が見えない場所は多いです。

 

 たまに見える川で河川敷だという事がわかります。

 

 

⑨神代(くましろ)橋

 筑後川で最初に掛けられた橋が神代橋で、現在の橋は平成30年に架け替えられたものです。

 

 文永11年(1274年)、蒙古が博多に襲来した時、神代良忠(くましろよしただ)は、筑後川に船を並べ、その上に板を渡した橋(浮橋)を架け、肥後、薩摩、日向、大隅の諸軍を渡河させたそうです。この功績により、神代良忠は時の執権北条時宗から感状をもらったそうです。

 現地には碑が遺っています(現在は、堤防上の道路脇に移されています)。

 

 ちなみにこの浮橋は筑後川で最初に架けられた橋で、昭和15年に普通の橋として架けられるまで現役の橋として活躍していたそうです。その後今の橋に架け替えられました。

 この辺りの河川敷は旧陸軍工兵隊の渡航訓練にも使われたそうです。

 

⑩宮の陣橋

 宮の陣橋が見えてきました。そろそろ自転車道は終点です。

 

 自転車道はこの辺りまで。

 

 もうしばらく、川沿いを走ります。

 河川敷グラウンドではサッカーをやっているグループもありました。

 

 

⑪久留米閘門(こうもん)

 筑後川を運行する船専用の通路(船通し)です。

 

 小森野床固めの箇所で上流と下流の間で約1m程度の水位差がついているため、上流側から下流側へ、あるいは下流側から上流側へ船が安全に行き来するための施設です。

 

 詳しくは参考資料3)を参照してください。またこのブログ、「第4回-関門海峡をぐるりとサイクリング」で下関閘門を紹介しました。これと同じ方式のものです。

 

⑫久留米城跡

 江戸時代の約250年間久留米藩を治めた有馬氏の居城跡です。

 

 ちなみに、有馬氏第15代当主の有馬頼寧(ありまよりやす、1884年 – 1957年)は農林大臣等を歴任しましたが、日本競馬会理事長も務め、競馬界の発展にも尽力しました。中央競馬のGI競争の一つである有馬記念は、頼寧が創設した「中山グランプリ」が、頼寧が急逝した後にその功績を讃えるために「有馬記念」と改称したものです。

 

⑬JR久留米駅(ゴール)

 ゴールのJR久留米駅に着きました。西口です。

 

 

 筑後川サイクリングロードなので、ただ川の景色と橋を眺めるサイクリングかと思いましたが、いろんなエピソードのスポットがあり、天気にも恵まれたこともあって、飽きることなく走ることができました。次回はもう少し下流方面にも行ってみたいと思っています。

 

 終わり

 

参考資料

ゆふいんの森

1)     JR九州旅客鉄道株式会社>JR九州の列車たち>特急ゆふいんの森

URL https://www.jrkyushu.co.jp/trains/yufuinnomori/index.html

 

筑後四堰

2) 土木遺産in九州>FUKUOKA 36

URL https://dobokuisan.qscpua2.com/heritage/fukuoka/fuk36_chikugosanseki/

 

 

久留米閘門

3) 一般社団法人九州地方計画協会>公益自主事業(九州技報)

URL https:// k-keikaku.or.jp/筑後川「久留米閘門」ゲート設備の紹介/