Startin' over… -87ページ目
「電車なくなっちゃったね」




それから奴はとても満足したせいか、すぐにいびきをかいて熟睡してしまった。
この前奴の家から閉め出されたとき、まぁ私が勝手に行っただけだが、学んでおくべきだった。このすぐ寝付いてしまう習性。



とりあえず洗い物を済ます。残った煮物を小さな皿にうつし、ラップをかけ冷蔵庫にしまう。


このまま寝るわけにはいかない。
「何にも持ってきてないし。」
メイクを落としたかった。

結局コンビニを3件まわってやっとまともな質のお泊りセットを買えた。クレンジング、洗顔、化粧水、乳液。1100円。
その他に歯ブラシ、コットン、洗顔ネットが売ってなかったから水切りネットで代用、100枚入だった。
とんだ散財だ。
明日晴れないことを祈るばかり。やっぱり日焼け止めは常時バッグに入れておくべきだったのか。


コットンパックを終えた頃には辺りが少し明るくなっていた。
明日は、いや今日は夕方からビジネスマナー講座だった。
「やべっ、スーツ登校だった…。」
一限の小テストが終わって即帰らねば。
だけど3限の地学は間に合うのだろうか。
「本っっっ当に最悪!」
とりあえず奴の横で眠る。寝息が私の顔にあたる。
奴はまた歯も磨かずに眠ってしまった。きっとコンタクトも外してないはずだ。





雀の泣き声が聞こえる。
ドラマの朝のワンシーンのように。




8:10







なぜか最初に時計と目があった。
「え…?」


ロシア語の小テストまであと80分。
山奥のキャンパスまで行くのには・・・・。
そしてとてつもなく眠かった。


「うにゅ」
奴が呑気に後ろから抱き着いてきた。
「間に合わない…。信じられない。」
しかも一度家に帰らなきゃならない。
ただでさえ殺人的な忙しさの水曜日。
4限の文化表象論に行くためにはキャンパス内にある県境を越えなければならない。
ごはんを食べられるのは日が沈んでからだろうか。
よって本日空き時間は無し。シャワーだって浴びたい。
「どうするの?」
奴が甘えたいじわるな声で囁く。
「テストが…。」
「え?一限だったの、あーごめんね。てっきり五限くらいだと思ってた。」
〈何を根拠にだよ!しかし眠い…〉
開き直っている、全然謝られている気がしない。
「どーするのっ?」
さらに抱きついてくる。
不覚にもふとんが心地好い。
「行くの?行かないの?」
赤ちゃん声になっている。
小テスト開始まで一時間を切った。

とにかく眠かった。





「…休む。」
「そう、わかった。じゃ、俺も休む。」


До свидания出席点、Здравствуйте本試験へのプレッシャー。


ロシア語トップ層の夢、来年度の成績優秀者対象の奨学金の夢は崩れた。
本試験でいったい私は何割とればいいっていうんだ。
どうしてこうもまぁ自分を追い詰めることが好きなんだろう。


外から子供たちの声が聞こえる。
奴がカーテンを閉める。
奴の唇が私の身体を撫でる。
「お前ほんまでかい声出すなよ、隣小学校なんやからな。」
どうでもいい、私は眠い。
「俺ら何やってるんだろうね、子供らちゃんと学校行ってるのに。」
「私らサボってる。」
〈しかも単位の危機に自らを陥れつつ〉
「お兄さんお姉さんは保健体育の実技やな。」

単位より、奴を優先してしまうなんて…。
奴の頭の中にもう私はいないのだろう。
最初からいなかったのかもしれない。


少なからず、用済みと見なされた気分だ。
それなら、あのまま続けていた方よかったのではとたびたび思う。


愛される可能性をどこかに見出だそうとしてたことが相手を苦しめたのか?


こうなった今、もっぱら原因は私で、奴にとって友達としての私の価値も軽いものにしてしまった気がする。
所詮道具になっていた方が幸せの自己完結になっていたのかな。


奴が本当に離れていきそうな、他人に戻ってしまいそうな不安に襲われる。


そう思うと、私の方から離れていこうとするのだろうか。


どこまで壊れていけば、落ち着くの?
奴はあと数日でドイツに旅立つ。
帰ってくる頃には4年生。学校に来ることもあまり無いだろう。
だからきっと、今みたいに一緒に多くの時間を過ごすことも無くなるだろう。

もう奴にキスすることはできない―触れることもできない。

人から大切にされるってどういうことなんだろう。

私は未だに奴を思っている。毎日。
でも、それ以上に奴は沙那さんを思っていたのだろう。

これからどんな毎日が流れるのか。
そして私はまた繰り返すのか。


ただ一緒にいたかった。
そんな願望でこれから先も相手を狂気に陥れ続けるのか。