Startin' over… -63ページ目
紅鮭に納豆、白米に卵。まともな朝ご飯を恋しく思いながら
朝5時を過ぎれば自然と寝付いている。
そして起きたら夕方近くなり、出勤時間だ。
いつまでこんな生活を続けるのだろうと思いながら、
未来を心配する労力をすべて今の仕事につぎ込む。
久しぶりの休みだ。
3日連続で飲み会を断り働いた。

よく寝付けたのか、夢を見た。

ソファーベッドにいるのか、背もたれみたいなものがある。
肌触りがいいふとんにくるまれ、心地よかった。
服の代わりに私を覆うのは、あいつの腕であった。
目が合うと、笑った。
きつく抱きしめられ、でも優しくベッドの端に追いやられた。
逃げ場がない安心感。
あいつの腕から出られない。
痛むことも無く、落ち着いた心持ち。

妄想にしろ願望にしろ、もしこれが行き着く場所であるなら
今私をぶっ壊し続ける苦悩がどれだけ大きいかを知ったことになる。
残酷だけど、幸せな夢であった。
あいつはバイト。
私は休み。
外に出ればすれ違うこともあるだろう。
その可能性をゼロにするため、外出を控えようと思う。
慎吾は中2向けに国語の授業をやっていた。
問題演習時間と解説時間をしっかり分けている。
私は隣の教室で自習していた。
自分の勉強なんてどうでもよかった。
彼の威勢のいい声を聞いているのが心地よかった。

演習時間のたびに、わざわざ慎吾は私の元に来てくれた。
勉強と関係ない話も多かった。
それがどれだけ救いだったことか。
「どうだい。質問あるか。」
「ここの、記述なんですけど。」
模範解答と自分が書いた記述。正解になるのかどうか不安である。

夏休み中、この教室で別の女性講師と話したことがある。
ネイビーのパンツスーツにダークブラウンのストレートヘア。
クールな女性を見事に演出していた。
私とは違い大人。
その頃、癖が強い自分の髪や否応無く増える体重、身体全体が丸くなることに
嫌気がさしていた。
このまま太り続けたらどうしよう。
思春期の一過性のものに過ぎなかったが、心配でたまらなかった。
慎吾は大人。私は子供。
どう考えたって相手にされない。
まわりに大人の女性はたくさんいる。

「うん、理路整然と話せているから国語得意だと思うよ。」
彼女は、卜部先生は私の浪人を応援してくれた。
大学時代を京都で過ごした話、英語や国語の勉強法、
気さくな人柄が魅力的であった。
その頃はまだやる気があった。
精神もぶっ壊れてなかった。
だけど、人とまともに会話しない日が続くと
言ってることがおかしくなる。
自分の頭がこねくり回されていく。
外に出ない思考や感情は、無限に脳内を
かけめぐる。
親が重圧。
些細な刺激が私をぶっ壊す。
夏が終わるころには、日が短くなるにつれ気持ちも下がって行った。
上がるような刺激は無く、あるのは勉強だけ。
そして思い出す。
先公の言葉。
「お前に浪人は無理だ。」
悔しささえ壊れる精神をいっそう蝕んで行く。
「はい、無理でした。」そう言わざるを得ない現状に
何度も涙が出た。

卜部先生は、その後雪が降る前には結婚し退社することになった。
相手は同じ塾の講師であった。
私と、慎吾ほど年が離れた人と。