「おはようございます。」
出勤した二時間後、伊藤先生がお見えになった。
「どうっすか?」
「わがまま言ったの、あの子。」
”お父さんが決めたことで、俺が決めたことではない”。
その名セリフにこの一週間振り回されてきた。
一昨日
「お父様とお話したの?」
「いやしてない。」
「は?なんで?」
「だって昨日帰ったら寝てたんだもん。」
「私電話で話したけど。」
「俺帰ってすぐでしょ?」
「そうだよ。」
「帰ったら寝てた。」
昨日
「結局話したの?」
「話そうと思ったんだけど酔っぱらってて話にならなかった。」
「一応話したわけ?あなたがどう思っててどうしたいか、それについ・・」
「いや違うの、だから聞いて。」
「はい、すいません。」
「いやこの前のあれどうするって言ったんだけど、酔っぱらってて
先生に任せろって言われて、話になんないって思ったから話すのやめた
。」
「じゃあ、引き続きやらせてもらいますけど。これ書いてもらいますけど、
いいですか?」
「休憩の時間まで決められるのはちょっと。」
決めるなど一言も言っていない。あなたが自分で決め、そのこと・その時間を守るだけだ。
子守りのようで嫌になる。
あいつの日々の様子を伊藤先生に相談する。
彼曰く、あいつは弟みたいなもの。
母親的役割は、藤原先生に任すつもりであったが、私がとって変わらざるを得ないらしい。
二人は週に1回しか来ない。
その間あいつの自習管理をするのは私の仕事だ。
「まじっすか?」
「うん。」
「反抗期みたいだな。」
伊藤先生が失笑する。
「もうね、うぜーんだよ糞ババアくらいに思ってるんじゃない?あの子。」
別に束縛したいわけじゃない。
そうされてると思われるのも、無理もないが。
「どうします?厳しめに言っておきますか?」
「お任せします。兄貴みたいな感じで接してもらえれば助かります。」
今週はふてくされモード全開。
生徒と講師、その関係において壁ができてしまった。
「お前、自分でやるって言ったよな?」
「・・はい。」
笑ってごまかすあいつ。
通路をはさんで向かいのブースで、ベネッセのマーク模試の英文を和訳しつつも
聞き耳がたってしまう。
「この前決めたことじゃん。」
「はい。」
”兄貴みたいな”。
寄り添って欲しいという意味を込めて発したが、伊藤先生の中での”兄貴”が意味するものは
真逆であった。
私と二人きりになった途端、拗ねて帰っちゃうんじゃないかと不安になった。
私はなめられているのか。
いつになく厳しい空気が流れる二人のブース。
模試の復習の話題から、to do リストの話になった。
「なんで嫌なの?」
「いや、なんか、やること書くのは別にいいけど、ごはんの時間まで決められると
監視されてるみたいで嫌だ。」
「某独裁国家みたいに?」
「そう。」
その表現はあんまりではないか?
でもいいや。
そうでもしなきゃ食事休憩以外に、1時間近くふら~っといなくなるではないか。
私だって他の生徒さんの授業がある。未だかつて引き止めたことがあっただろうか。
自分の内側にルールを決め、それに則って行動していく。
受験に不可欠ではないだろうか。
また規範の内在化は、拘束ではなくむしろ自由を意味するのではないか。
授業終了後
「先生、お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」
「とりあえずもう一週続けましょう。それで何かまたやらかしたら、
行動しなきゃいけないですね。」
わかってるよ。
痛いほど。
「そうですね。ありがとうございました。」
「あともう少し、詳しく見て欲しいですね。」
模試の復習のことであろう。
かなり突っ込んでチェックしたつもりであったが。
昨日
「どれ見せて。」
あいつがノートを開く。
「これ復習?伊藤先生どうやってやれって言ってた?」
あいつの言葉を信じて、済のサインをしたのが仇と出た。
”模試の復習”、とだけ記載。
これが何をどうやってどこまでやるかの定義が明示されていない。
逃げ道はいくらでもつくることができる。
まして他教科。
現代語訳、単語の意味の直しまで目を通したがだめだったらしい。
うまくはぐらかされたものだ。
「はい、すいません。」
と言うしか無かった。
「いえいえ、また何かあったらいつも通りメール下さい。」
「助かります。ありがとうございました。」
何だか、公的機関に育児相談をしたシングルマザーの気持ちを推し量ってみたくなった。
それくらい、孤独を感じた。
明日は藤原先生が出勤する。
報告しなきゃ。
そしてまた新たに一週間が始まる。
センター試験までもうじき100日。
間に合わせなきゃなぁ。
目の前でチャンスが消え行くのを眺めている、そのことには慣れていた。
努力して手に入れたものよりも、努力して失ったものの方が多い。
無力だ。
そう幼少から記憶に植え付けられたものは健在で、
今もなお堕落した生活の中にその芽を見せている。
すべては運で決まる。
そう信じて疑わない。
何をしてきただろうか。
きっとこんな私が訴えたって響きはしない。
こんな仕事、
所詮、自分の頭の中から出られない寂しい女だ。
努力して手に入れたものよりも、努力して失ったものの方が多い。
無力だ。
そう幼少から記憶に植え付けられたものは健在で、
今もなお堕落した生活の中にその芽を見せている。
すべては運で決まる。
そう信じて疑わない。
何をしてきただろうか。
きっとこんな私が訴えたって響きはしない。
こんな仕事、
所詮、自分の頭の中から出られない寂しい女だ。