lay down our time | Startin' over…
理解者は、誰だったのか?

新規入会が3人。
頼らざるをえない状況がつくられたのかもしれない。
少なくとも私の居場所は確保されただろう。
授業を組む前にも関わらず、自習に来て下さった。

相似比と三平方の定理の融合問題。
これ私も苦手であった。
一昨日の体験授業でもそうであったが、式をひたすら文章化・言語化することで
その生徒さんの理解が深まった。
プリントの応用問題をすべて解き切り、満足気に帰って行った姿が印象に残った。

もし今私が手に入れているものが十二分にあるなら、
それと同じくらい何かを失っているはずだ。
接客トーク以外で30分以上話した事があるだろうか。
後輩講師とは飲みに行った。内容はこれからの教室運営について。
つまり、友達と最近会ってない。
正確には、10ヶ月近く。

どこかに出かけたり、買い物をしたり、カフェに行ったり。
SNSのタイムラインにはそんな投稿が見られる。
しかし、私は楽しみを求めて生きては来なかった。ある時から。
自分には手に入らないもの、そう折り合いをつける術を体得している。
それを教えてくれたのは、もっとも信頼を寄せていた慎吾である。
時間も、触れることも、彼自身も手に入らないことを教えてくれた。
それでも消える・失われることは無かったから、手に入らない状態が継続する。
我慢した時間の長さと合致する。

お金が発生している時間に対し、体力と精神力のすべてを注ぎ込むのは気をまぎらわすのに合理的だった。
求めてないけど、手に入ったものは多くある。

だけど、
結婚している彼の生活と時間に私が入り込む余地は0にほど近くて、
気兼ねなく本心を吐き出せる唯一の対象を、私は失った。
それを悟ってからも、随分と時間がたった。

どうせ抱えている話題は、仕事のこと。
それ以外は驚くほど何もない。
お金が発生していないコミュニケーションの取り方を、未だにわかっていないのかもしれない。
またそこに価値を見出だせないほどの欠陥人間に違いない。

いっしょにいるに値しない女。
少なくとも慎吾にはそう思われたのだろう。
すべては持てないから、いらないものから捨てて行く。
何かを手に入れるために。

保湿成分のある化粧下地で無理矢理仕事の顔をつくる。
スーツを着て、鬱憤を一時的に忘れる準備をする。
家を出た後、忘れ物を取りに帰り、また出発。
コンビニに面した通り、向かい側の道路に沿ってあいつがこちら側に歩いてくる。

あんなに自信無さげな表情をする子であったろうか。
トラックの轟音、下校途中の小学生が騒ぐ声、
名前を呼ぼうともかき消されるのは目に見えていた。

じっと見る。

あいつは気付く素振りは無い。

そのまま道路をはさんで私の向かい側を通り過ぎた。
近道したい。
そう理由をつけ、あいつが向かう道と別の道で出勤した。
声をかければ、走れば追いつける距離だったけど