意外と日本人が知らないことがある。
日本では結婚をすると普通は夫の姓になり、自分の元々の
姓はなくなる。だから高校の同窓会に出た時にも括弧して旧姓が書いてないと「この子だれだっけ」になってしまう。
逆に高校時代と同じ姓を未だに名乗っている子がいるとこの子はまだ結婚してないんだなとわかる。

ところは韓国は違うのだ。結婚をしても女性の姓は変わらない。だから父母の姓が違うのは当たり前なのだ。
例えばお父さんが金さんならお母さんは李さんが当たり前なのである。そう言う韓国人の目から見ると結婚して姓が変わってしまう日本の方がおかしく見えるのである。


もう一つ大きな違いがあるのは韓国は日本と違って親戚間の結婚は法律で禁止されているのは勿論のこと(日本は法律上はいとこ同士でも可能だが)、同姓同本と言って同じ姓の同じ流れであれば(韓国には族譜と言って一種の大きな家計図があり戸籍上の同じ金さんであっても金海金氏だとかちゃんと書いてある)結婚が出来ない。勿論、それでも好きになってしまって結婚をしてしまったカップルが相当いて社会的にも大きな問題となったことがある。事実上の結婚をしても法律上は認められないから子供が生まれたら私生児になってしまうのだ。
それでこれまでに何度か特別赦免の形でそれまでに事実上の
結婚生活をしている同姓同本の人達を認めたことがあったが
未だに民法が改定されずにいるのである(確かそうだったと思う)。まあ要は韓国と日本はこれだけでも似ている様で違うのである。


韓国ではタコよりもイイダコが多い。それも本当においしいイイダコが多いのだ。僕もイイダコは大好きなのだが 娘と息子も僕に似ているせいかイイダコが大好きである。それで、先週の日曜日にはイイダコを食べに行った。家の近くに新しい店が出来たのだが、ここが結構うまいのだ。
イイダコも非常に新鮮だし。





またこの店は韓国式うどんのカルクッスもうまいのだが

手打ちなのでメンがこしがあっておいしいのである。






日本ではなかなかこの様には食べられないのでもっぱらたこぶつで
すましているのだ








下記は韓国の新聞、朝鮮日報の1面に載った高恩詩人の
詩である。まさに今の韓国民の気持ちをよく現していると思えたので
僕が訳してみた。今の僕の気持ちも変わらない。



南大門の廃墟を嘆く


髪を乱して泣くべきか
服を破り捨てて怒り狂うべきか
嗚呼何ということだ

この一夜にして南大門の廃墟を
いかに全身を震えて泣き叫ばずにいられるだろうか

振り返ってみろ
600年の年月の間変わらずにいたのだ
この都城、男女老少、牛馬ら
この国の
この民族の激しい生と一緒だったのだ
あるいは青雲の夢を抱いて心弾みながらここに至ると
いらっしゃい、ようこそと
両手を広げて迎えてくれた心の
私の南大門だった
あるいは山戦水戦の日々を巡り巡って
ここに至ると
どこへ行ってて今になって来たのと
大きく開いた胸の底から抱いてくれる
君の南大門だった

たったの1日も休まずに
たった一夜も欠かさずに守りぬいて
粛然と
敢然と
依然と
国の気品であった
あの朝鮮500年
あの韓民族100年の顔だった
全世界だれでも皆くる門のない門
全世界誰でも知っている
万放開港の門

まさにコリアナの息遣い

ソウルの人々の目つきであったではないか
この何と言う晴天霹靂の災難だろう
この何と言う逆賊の悪行だろう
倭乱にも胡乱にも
昨日の様な動乱にも
何でもなかったのに
この何と言う虚しき灰の堆積だろうか

ここ廃墟の土の上にうつ伏せて嘆く
ここで座り込まずに止まらずに
払い落として立ち上がり
再び舞い上がる千年の南大門を建て起こそうではないか

こっちも堂々と
あっちも堂々と

万年の明日、私の祖国の誇りを凛々しく立ててくれるだろう