疲労困憊はサイレンと共に | お日様母さん ― 晴れのち曇りそして雨 ― がんとの闘い

お日様母さん ― 晴れのち曇りそして雨 ― がんとの闘い

私の母親が突然「がん」と診断された。「がん」と闘い、一生懸命に生きた母と後悔ばかりの子の闘病生活を綴る。そして、2018年ついに私自身にも「がん」との診断が…。

日曜日の深夜、ちょうど23時を回ったところだったか。ちょっとネットを散策してから寝ようとネット上の情報を見ていた。するとこんな時間に家の電話が鳴った。いたずら電話なら出ないつもりでいたのだが、こんな深夜だからこそ、何かあったらいけないと思い直し、電話に出た。か細い叔父の声だ。

「なぁ、俺もうダメかも知れない、ウッ」

「???」

「気持ちが悪くてダメだ」

そういえば、叔父が初めて慢性腎不全で入院した時も、うちのお袋に「ダメだ」という電話がかかってきたことを覚えている。実は叔父は腰の痛みを理由に、最近透析を休むことが多くなった。たぶんそれが原因ではないかと勘繰った。

「この後救急呼ぶから家の、グッ、閉じ、グッ、たの…」

「分かったよ、そっちへとりあえず行くよ」

「頼むよ…」

という返事を最後に電話が切れた。

 

私は急いで外着に着替え、弟の部屋の前へ。

「叔父さんからだったよ、やばそう。気持ち悪くてどうしようもないって」

「え? だから透析ちゃんと行けっていってたのに」

「まぁ、とりあえず急いで行ってみるから。あ、救急車自分で呼ぶって」

「え、マジ? 自分で呼べんの?」

「とりあえず行ってくる」

急いで玄関を出て、スクーターに乗る。弟の車を借りてもよかったのだけど、事故ったら大変なので、とりあえずスクーターで急ぐことにした。雨の気配か、生ぬるい空気の中に湿気が漂っている。明日は会社だってのに、どうなってんだ! と愚痴を言いながらヘルメットをかぶり、エンジンをかける。とりあえず、事故らないように落ち着いてアクセルを開ける。0時近くの住宅街はとても静かだ。自分のスクーターのエンジン音がやけに響く。暗い街灯の明かりが、ポツポツと叔父の家まで続く田舎道を照らしていた。

 

叔父の家近くの交差点を曲がって南下する。目の前に見覚えのある白い車、どう見ても救急車だ。一度救急車の横で中を覗き込むが、後部には誰も乗っていない。叔父の家の方で救急隊の声がした。スクーターを家の前に付ける。

「ご家族の方ですか?」

救急隊員の一人が私に尋ねた。

「はい、親戚の甥っ子です、『俺はダメだ』という電話をもらったので駆け付けました」

「甥の方ですか、ちょうどよかった叔父さんから救急連絡をもらって状況を聞いていたところです。今タンカで運び出しますので、一緒に救急車へ乗ってもらえますか?」

「あ、はい」

すると叔父がタンカに乗せられ運ばれてくる。

「痛い! 痛いよ」

「ごめんなさいね、せいの! はい、これで載せました。向かいましょう」

叔父から戸締りを頼まれたので、電気を消し玄関のかぎを掛ける。

 

「どこだって?」

「本人は外来で中央病院と言ってます」

「了解、照会します」

「はい、少し揺れますよ」

叔父が救急車へ運び込まれた。

「バイタル、あと〇〇!」

「上が〇〇、下が〇〇」

「お名前は? 答えられますか?」

「え? 何?」

「お・な・ま・え」

「〇〇〇〇」

「〇〇さん、今はどうですか? まだ苦しい?」

「んー、来てもらってから少し良くなった。でも、腰からお腹にかけて痛い」

「今、中央病院へ問合せているから…」

「明日行くことになってた」

「分かりました…。え? …予約ない? えっと〇〇さん、今中央病院へ確認したけど、〇〇さんの名前で予約ないって」

「そんなことないよ、整形外科」

「うーん、とりあえず中央病院ダメだから救急医療センターへ行きますね」

バタバタと救急隊員の方々が動いている。叔父は思ったより元気で、受け答えしていた。

「えっと、甥っ子さん? お名前教えてもらえますか?」

「〇〇〇〇です」

「〇〇さん、では一緒に行っていただけますか? 保険証とか持ってきました?」

「あ、はい、たぶんこのバッグの中だと思います、いつも持っているので」

「はい、行きましょう」

多分、私の時間感覚が確かなら、私が着いてから15~30分くらいすぎたところだ。そう、お袋の時に初めて救急車に乗ったのを皮切りに、何度も救急車のお世話になっているので、出発まで時間がかかることはわかっていた。現状の把握と搬送先の確認。これらを行うとそれなりの時間がかかる。叔父の顔色は一番最初に病院へ運び込まれた時とは違い、死にそうということでもなさそうだった。少し安堵したが、安堵と共に救急の方々に申し訳なくてやるせない…。

 

「はい、では行きます」

隊員の方がそう告げると救急車が走り出した。私は揺れる救急車の中、椅子に手を置いて姿勢を保った。叔父は揺れるたびに顔をしかめ、痛い痛いとつぶやいた。救急車は安全運転だ、「交差点に入ります、ご注意ください」というアナウンスがあっても、ゆっくりなスピードで交差点を通過する。私は「はぁ…」とため息をついた、ここから一体どれくらい対応しないといけないのか…。シバシバする目をこすり、救急医療センターへ向かう救急車の車内で、足元をじっと見て到着を待った。サイレンの音がジンジンと頭の中に響き渡り、耳鳴りなのか、ジンジン、ジンジンと脳を突き刺しているような感じを覚えた。