※「5. 別離(わかれ) 其ノ参 ― 悲しい帰宅
」の続き
もう、二度と目を覚まさない目の前の母を見て涙した。弟も俯いたままだった。
「やっと家に戻って来れたのにね…」
私は、ぽつりと呟いた。
世の中は浮かれきっている。
若者に馴染みの冬のイベントがあるこの日、母は永眠してしまった。
深夜の寒さは応える。ドライアイスがあるせいか、母が寝ている部屋は刺す様な寒さだった。私の足は、正座という姿勢と寒さのせいで、殆ど感覚がなくなっていた。頬を伝う涙の跡だけ、ほんのちょっぴり暖かく感じた。言いようのない怒りのような、諦めののような、悲しみのような感情が、沸々と心の底の方から沸きあがっては消えてゆく。
まだ、モニターの警告音が聞こえるような気がする。ここはもう家なのに。
疲れきって眠っている母を姿を見ながら、もう二度と会えなくなってしまったことに、ますます孤独と寂しさを感じる。本当にもう、どうしようもない状態になってしまった。全てが終わってしまったのだ。
時計の音だけが、進み行くときの流れを小声で囁いていた。だけど、私と弟の時間は、あの瞬間から止まってしまっていた。心が、空洞になってしまった。満たすべきものがあるはずなのに、何を持ってしても埋められない空間がぽっかりと佇んでいる。
「明日も忙しいから、せめてお前だけでも寝てくれないか?」
私は放心状態の弟にぽつりと言った。
「そうだね…」
弟はそう返すと、ゆっくりと立ち上がり、二階への階段を上っていった。
弟が部屋を出ると、より一層寂しくなる。
葬祭センターの担当者が、やること一覧をメモしてくれていた。少なくとも明日までに母の遺影用の写真を準備しなくてはならない。アルバムは二階のタンスの引き出しのどれかに入っているはずだ。
《本ページの続きを書きますが、今日は疲れたのでここまで…》
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