坂本龍~今夜は泡風呂ぐ~ -6ページ目

坂本龍~今夜は泡風呂ぐ~

記事のテーマパーク。
記事の複合型施設。
記事のパルコ。




嗚呼、動物を、撫でたい。





願わくば13時間撫でたい。






哺乳類を、
片っ端から撫でたい。





『流石に撫ですぎたな...』
と言うくらいに撫でたい。





動物を見境なく撫でる男、現る!
と言った見出しのニュースが流れる覚悟は
出来ている。







先ほどは13時間と少し欲張ったが、
最悪30分とかでもいい。




その30分間、余すことなく動物を撫で、
日々のストレスや形容し難いモヤモヤなどを
全て『癒し』という概念で相殺したい。




ーーー以下、妄想ーーー




まずは、犬。



犬を撫でる。
向こうもめちゃくちゃ尻尾を振っているし、
利害は一致しているので、
遠慮なく撫でる。
犬も俺も笑っている。
確実にストレスが軽減されていくのが分かる。

『噛まれるかもしれない。』
という一抹の不安との攻防も去ることながら
撫でる。撫でるのだ。




次は猫。



可愛い。さすがのSNS大バズり動物。
前評判を裏切ることのない可愛さ。
そして一筋縄では行かない愛情表現。
それらを掌握し撫でることに成功した時の
達成感。
『猫はそんなに噛むイメージ無いな』という
偏見から、思い切り撫でる。




次はうさぎ。



うさぎもいい。とてもいい。
人に懐くイメージはそんなに無いが、
なにを考えているか分からない
ミステリアスさが良い。
『意外と噛まれたら痛そう』という恐怖も
否めないが、思い切って撫でる。




次はカピバラ。


カピバラは常に寝起きのような
温厚そのものな表情がとても良い。
あわよくば芝生の上で添い寝しながら
撫でたい。
『流石にカピバラは噛まないだろう』
という謎の決めつけから、
背中あたりを撫で回す。とても良かった。



次はパンダ


これは妄想なので、
全人類の夢であるパンダを
誰に制限されることなく撫でてみる。
パンダと俺の2人だけの空間。
『パンダは笹食ってる間は
絶対に噛むことはない』という憶測のもとに、
笹を与え、その隙にかなり撫でる。
笹チャンス。
俺がパンダだったらちゃんと不快なくらい
撫でる。




最後はイルカ。


いやー、とうとうイルカまで来てしまった。
まさかここまで来てしまうとは思わなかった。
動物撫でたい欲の自制心が
壊れてしまったのは言うまでも無い。
とかく、イルカも撫でたいのだ。
何故なら可愛いから。

『背中あたりを撫でたら噛まれる可能性は低い』
という独断から、背中あたりを撫でる。
見え隠れするギザギザの歯が怖いので
それ以上は踏み込めないが、
無事撫でることに成功した。


とても良かった。





いや〜〜〜、撫でた。




やっぱり動物は良いな。




また撫でよう。








PS、

噛まれるのが怖い。


















今日は物申したい奴らが複数いてるので
諸共ここに連れてきた。


是非皆様もこの物申しに
己の琴線と照らし合わせて欲しい。



まずはコイツ。


九九の8×6=48



いやなにしてくれてんねん。
なに8と6という
割と高数字を掛け合わせてしても
50下回っとんねん。


あまりにも前評判を
裏切り過ぎてるやん。


おかしいやん。


8×6ファンもガッカリや。
アクスタ帰り道に捨てるぞ。


今一度考えてみようや。


8やで。
6もまぁ、少し頼りないけど
されど6や。自信を持て。

俺の社会経験からすると
8と6を掛けようものなら
それはもうなんとなく54や。
答えなんかどうでもええ。
体感の話や。
8×6=54〜62や。


大人は体感の話が好きやねん。
事実とかデータとか
エビデンスとか、知らんねん。


ふんわりやっていきたいねん。

なにが48やねん。
あまりにも実力が伴ってへんやん。



ってよく考えてみたらやな、
九九における絶対的リーダーの


9×9=81


お前も全然足りてへんねん。


リーダーが何してんねん。
100はおろか、90にも届かず
さらには80台に頭を覗かせるのが
やっとなんかい。


9×9なんて、
146くらいないと辻褄合わへんやろ。


俺の今まで生きてきた中での
9の強さ、返してくれや。

九九業界どうなってんねん。


深刻なスタッフ不足か?




とまぁ、厳しく言ってしまったけれど
生活面では結構支えられてきたし、
九九業界には期待してる。
これからも温かく見守っていきたい。



次に物申したいのはコイツ


みたらし団子



好きやで。うん。
好きやけどな。


なんかAグループにいてる雰囲気出してるけど、
Bグループの下の方やで。

なんならちょくちょくCグループのやつらとも
気合うよな。
俺知ってる。


確かに美味しいけど、
Aグループの子たちは
コンビニのレジ横で粗雑に
販売訴求されへんねん。


見たことある?
寿司がレジの横で鎮座してるのを。

寿司が3つ串に刺さって
さらに3本がパックに
詰められてるのを。

俺はないねん。


君は結局、その位置やねん。
それが悪いってわけではなくて、
ちゃんとBグループっていう自覚して欲しいねんな。

Aグループってな、
漏れなくテンション上がるものばっかり。

ハンバーガー、餃子、カレー、唐揚げ。

子供から大人まで、絶大な支持を得てる。
だから彼らもAグループ代表って顔してても
なにも鼻に付かへん。

でも、そこにみたらし団子くんが
いてたら、それはちょっと場違いかなって、
思うねん。


みたらし団子もテンション上がるよ?
でも、上記にあげた食べ物を
聞いた時、人はガッツポーズやん。
みたらし団子は、『うぃ〜』
くらいやん。


みたらし団子くんは
中学生が塾行く前に
小腹すいた時にめちゃくちゃ輝くよ。


でもさ、それってBグループやん。

膝までCに浸かってもうてるやん。

それはわかって欲しいねん。
繰り返すけど、
みたらし団子、好きやで。
愛してるで。

でも明日からは、
Bグループという顔を
して、生きて欲しいかな。



次に物申したいのはコイツ


エレベーター


そう、皆さんご存じ
大ヒット移動手段エレベーター。


エレベーター、俺みたいな
臆病な人間にはあまりにも
気を配る部分が多すぎやねん。


まず最初にボタンを押したくない。
なぜならそれを押してしまうと
そのエレベーター待ってる界隈で
リーダーになる。
俺にイニシアチブが発動してしまう。

そんな見ず知らずの刹那的な
グループにおいて、俺は絶対に
リーダーになりたくない。
誰やねんお前ら。
階段行け。

と、特大ブーメランを喰らいながらも
仕方なしに俺が1番最初にボタンを
押したらば、
各階の采配リーダーになってしまう。
内部のボタンが集合した右手前エリアで
『開閉』のコントロールを余儀なくされる。


この『開閉』の文字を考えたやつ、
頭バグってるやろ。


開閉の2文字に、なに
統一性を見出してんねん。

門構えを外せ。
門邪魔やねん。
門が、全てのややこしさを
たらしめてるねん。帰れ。


エレベーターリーダー係にとって
開閉のコントロールが1番の肝。
やのに、この2文字の紛らわしさのせいで
一体何人もの人がエレベーターのドアに
挟まれたんやろう。
悲しい。

挙句、この2文字のややこしさのせいで
◀︎▶︎
▶︎◀︎
の記号で記されるケースも多い。

ハッキリ言って、
お前も一瞬じゃ分からへんねん。

お前らはどこに向いてても三角や。
三角がどう頑張っても三角やし、
人間の判断力とは仲良く出来へん。
門と一緒に帰れ。



ていうかな、
なにより見ず知らずの他人が
密接した空間に数秒間いれられるわけで、
それが本当に気まずいねん。


気まず過ぎる。



エレベーターに乗ってる時、
いくら気心知れてる友達と居ようとも
何を話しても正解ではない気がして、
ただただ到着を待つ。

それが例えば満員の1階から
およそ10階くらいの飛躍数なら、
いっそ殺してくれと言わんばかりに
沈黙が続き、
気まずさが飽和してしまう。


一体、エレベーターとは何なん。


こんな鬱積が伴う乗り物に
人はいつまで依存するねん。


エレベーターに乗った直後
『いや〜、エレベーター最高!!』
と思う人なんかほぼ居らんやろ。
それはおろか
『エレベーターって気まず...』
と思った人の方が圧倒的に多いはず。

今一度気づいて欲しい。
エレベーターに求められる
謎のリーダーシップと、
それに伴う気まずさ、居心地の悪さ。



その分、エスカレーター最高!!
って感じやけどな。



まぁ、いつかタワマン住みたいけど。
どないやねん。


ありがとうございました〜。




























皆が皆、実生活と並列して
SNSなどにおける『もうひとつの生活』を
しているように思う。


あ、今回のブログ真面目系?
さいなら、って人も
いっぺんこれは見てくださいな。



『もうひとつの生活』
顔も性格も知らない人間なのに、
そこにいればそいつがいるし、
知った人間かのように思えてくる人たちが
当たり前のように存在する、SNS。
実生活とは違うもうひとつの生活。


これは単なるありきたりなSNS批判ではなくて。



実生活には度々困難や課題が伴う。


パワハラ上司、
親ガチャ、
恋人関係、対人関係、
その他諸々だ。


それは、あくまで個人対個人の間で
解決されてきたし、そして
解決されてこなかった。
何か問題提起を行う場合、かなり
ミクロな単位で
例えば居酒屋のテーブルで話題に
なるような事や、
学校の放課後に膨大な噂話になるような事。
それがどうだろう。
今や全世界に向けて
何も関係のない人たちにまで
届いてしまう。


それが所謂、もうひとつの生活だ。


SNSなどにおける
兼ねてからの被害者側の通告によって、
あらゆる〇〇ハラスメントという認識が広まり
それらが軽減されつつある
というのは物凄く良い事だと思う。
まだまだ淘汰されるには時間がかかるだろうが、
それだけでなく、そういった
トラブルに関して、第三者からの
有益な知見を得やすくなった。


コンプライアンス、
テレビなどの過度な表現もセクハラ発言も
減ったのはとても良い傾向で、
これに関してはSNSがリテラシーを
育てた賜物だ。


しかし、だ。
僕が懐疑的なのは
そのSNSなどによる
疑似的被害が蔓延し過ぎている事だ。


最近で言えば、回転寿司界隈における
迷惑行為であろう。

もちろん、許されるべき行為ではないし
それ相応の報いは受けるべきだが、
それ以上に我々は疑似体験や
疑似的な感情を受け過ぎてしまっている。

僕とてそうだ。
何も知らない他人に
あまりに不快感を覚え、
あまりに報いを求めてしまっている。


それはそれで、異常な事実だとも思う。


我々は素性の分からない人物に対して、
興味を持ち過ぎているのだ。


SNSが無ければどうだろう。
例えば学校のホームルームで先生が
『最近回転寿司でこういった迷惑行為が多発しているらしい。皆くれぐれも真似しないように。また、見かけたら大人に知らせるように。』


注意喚起とは本来こういうもので、
顔も知らない誰かも分からない人物に対して
行うものでは無いと思う。

というよりも、
そもそも不透明なものを扱うには
相当なリスクと正当性が求められる。

そのリスクと正当性を
持ち合わせたものが、
本来テレビ局であったり新聞で
あったりしたのだが、
今や個人がそれらを発揮出来てしまうがゆえ、
それに慣れ過ぎてしまったのだ。


その不透明な事実に対する
リスクを伴わない注意喚起や
暴露、晒しなどにおける
疑似的な被害感情の弊害は、

その人のSNSのDMで『〇ね』や
誹謗中傷などのメッセージを送る行為だろう。
他にも沢山ある。

それは
あまりにも疑似的な被害を受け過ぎている。
あまりにも自分の実生活とは意に介さない
ムーブでは無いだろうか。


自分の生活が上手くいっていないから、
何かをやらかした人間には、
そのストレスや不快感を砲台にして
思い切り攻撃しても良い、
などと言った筋違いの正義は、
今後どのように作用していくかを
考えた時、とても不安で恐ろしい。

そしてここに帰結する。

そもそも我々は他人に興味を持ち過ぎたのだ。


本当に周りに頼れる人がいなくて
モラハラやパワハラに悩まされていたり、
死にたくても死ねなかったり、
そう言った事に対して、
昨今のSNSは少しだけ救いになるように思う。


けれど、何かをやらかした人間に対する、
標的発見!みたいな雰囲気は
いつまで経っても僕にとっては不快だ。
そして被害と加害がいとも容易く
逆転しまう構図が、滑稽でならない。


本当にこの先の
他人間への関わりが不安だ。



何もかも、ひとつのテーブルで
収まる話だと思う。

男女間の奢り奢られ論争も、
初デートにサイゼリヤはありか無しか論争も、
本来クソほどしょうもない。

本来何万いいねもつくような
議題では無い。


繰り返しになるが、
他人の話題に興味を持ち過ぎだし、
疑似的な被害感情を受け過ぎているんだ僕たちは。


そんな話題は居酒屋で複数人で、
ガハハと盛り上がれば良い。


なにもSNSで大衆性を帯びた、
世相を斬るような発言なんてなくて
しなくて良く無いか?


それをしたらまた、
傷つく人が出てきて、
それがハラスメントになったり
二次被害が生じ、同じ事が
堂々巡ってしまう。



人間の感情はとても繊細で脆いものだ。



というかね、これを言いたかった。
加害者側はTwitterとか見てねぇんだわ。
不思議なことに。
興味ないんだわ。たぶん。
だから被害者側がこんなに
話題を煽ってもニュースになっても
こんなに話題になっても
なくならないんだわ。


加害者側って住む世界がちげーんだわ。
SNSもテレビも何故か見てねーんだわ。
見てたとしても自覚がない馬鹿なんだわ。
一種のパラドックスですね。
本当に折り合わないし、
分かりあうとするのが間違ってるのかもね。

だからもう、知らんやつの
話題に興味を持つのはやめましょう。
自分の明日を生きましょうよ。

なんて、少し退廃的な結論には
したくなかったけど、
僕が今世間に対して思うのはこんな感じです。