リリー・フランキーの言葉ってなんでこう、刺さるんでしょう。


TOKYO FMのフリーペーパーを何気なしにもらった。

表紙はリリー・フランキーとスチャダラパー。ステキすぎる。

この4人で語られるていたのが「上司と部下」について。


リリー・フランキーの理想の上司・部下は「タモリ」だそう。

そのコメントにすごく納得。したのに会社に忘れてきたよ。

要は「やる」ということ。

やる気がないとかあるとか精神論を口にするよりも、「やる」ことのほうが説得力ある。

上司が見てなくても「やる」、部下を和ませてもちゃんと「できる」「やれる」という立ち姿のほうが、言葉よりも雄弁。私もそうなりたいもの。


「彼氏がいるのに、もっといい男とか求めてる女、云々」

っていうリリーさんの言葉がグッサリ。女じゃなくても、男の人も浮気するじゃん、とか思ったり。

例えがキツイ。それはそれとして、仕事も似たようなものだと。共感。

仕事もずっとつきあうものだから、会社に嫁ぐ、ビジネスパートナーが夫婦みたいなものであるほうが、ずっと続くんだろうな。

そういえば、この間、友達と演劇観覧の帰りに「コンビの芸人さんって夫婦みたいなものだよね」と話したのを思い出した。スタートが人間同士の互いの「いいな」なわけだから、続いて納得。仕事もそうありたいもの。

でも、合わなかったら、そこでバッサリ。ってことなのかな?

会社も人もそうはいかない。

よくよく読んだら、合わなくても続けてみたら~なことが書いてあった。



リリー・フランキーってやっぱステキだよな。

と思いつつどうしても怖いなと思ってしまう。

それは鋭い言葉と説得力に対する恐れ多い気持ち。

昔、先生が苦手だったかんじに似てる。

学校を卒業してだいぶ立つけど、そういう人に突っ込まれても、自分を張らずに今の自分のまんまで堂々といたいものです。

そう思うと今の会社のゆるゆる加減って、気楽。


礼を尽くさねばと思うような誇れる日本人の一人だと思います。リリー氏。

そんな人が認めるものってなんだろう。怖いけど知ってみたいな。きっと合点がいきそうで。


なんでだか、道で普通に歩いている途中で、どうしても歩けなくなるときがある。

頭ん中が過去のどうしようもないことでいっぱいになったり、急に不安になったり。


というわけで、ブログ休みました。また復活。


6月16日

岩手南部の先輩の実家は大丈夫だったそうですが、お見舞い申し上げます。

から揚げ定食、エスプレッソ付。な優雅なランチ。帰りは二時間歩き。ようやくいつものペース。


秋田の友達からメール。

岩手の地震があったとき、たまたま地域の掃除の日で町の人たちと一緒に外にいた彼女の父親。

地面が揺れていることに気づかず、自分が「ちゅぎあだった」んだと思ったらしい。

何事か?と周りに聞いたら、周りの人も自分が「ちゅぎ」だと思ったらしい。

地震の揺れで自分が脳卒中だって思う!? 秋田の人っぽいエピソード。


6月17日

つけ麺。昨日に続いて贅沢ランチ。

今日こそスクーリング。ついていけません。

休み時間に教授に卒論を相談してみた。

RADWIMPSの深遠な歌詞に感化されて専攻した哲学。

狙うつもりはなかったけど、やろうと思ってた題材について言ってくれた教授のコメントと、

初めてRADWIMPSを聞いたときの感覚がリンクしてしまって!

「点と線」? なんか運命めいたことを感じた日でした。


6月18日

無限大で久々のポイズン観覧。人が多い。すごいな。始まってからも続々と。学生さんからOL、サラリーマン、カップルなどなど。いろんな人がいて、その人たちのツボなのかと思うと、妙で、嬉しいし、可笑しいし、ステキ。


帰りは渋谷から徒歩。

その道すがらの、頭の中の暴走。

二回ぐらい止まった。


「探すのをやめたとき見つかることもよくある話で」

自分が願ってるものは、かつてそんな風にして手に入った気がする。みたいな気づきの探り。

どうやって頭ん中からなくせばいいんだろう。

もう一度試してみたいんだけど。必要なのは本物のあきらめなんだろうか。

でも、そのころには戻りたくないな。

後になって周りが相当心配してたのを知ったから。

みんな優しい。ホント助けてもらったんだな。

もう、同じ思いは経験したくない。


街行く人がふと立ち止まっても、誰も見ていないと思う。

仮に、立ち止まったことに気づいても。すっと流してしまうんだろう。泣いてたら別かもしれんけど。


立ち止まることも必要だよね。と。

結果、自分がイヤになったりすることも、それはね、しょうがないと思うんす。

そういえば、バランスノートもあのときが始まりでした。


いまこうして思っている「点」が、いつか「線」になっていくんだろうか。

いいことに繋がればいいな。


今日はもう一つ、不器用な自分の伝達法について潜った。

言葉のバランスは気をつけてますが、実際「伝える」っていうよりも「伝わる」ってほうが私には向いているのかと。

「伝わる」ってことをできるようにするには、まず「伝わる思い」がまっすぐで本当でなければならなくて。おのずと自分に正直に生きるようになる。表情なり口癖なりしぐさなりで、実は考えなくても無意識にもうでちゃってるかもしれない。っていうか、出てる。と思う。もう、どうしようもなく私はこんな生き方なんだと、今日改めて思いました。

そこそこウソにつくし、つきあいますけど、たまに気づかなくて、愚直ですみません。


心のホントを隠しながら、それをウソと分かりながら、うまくウソと付き合える人は世渡り上手なんだろうな。

それはすごいこと、強いことだと私は思う。

ウソつかない人は人を汚しても自分を汚さないからね。なのに平気で肉食ったりしてるわけだから。

自分を汚しても人を汚さない人は尊敬します。

私もせめていざというときには、ちょっとその術を身につけたいです。


「いい言葉NET」のコラムを読んでいてそう思いました。


全然関係ないけど、中学生の孫に携帯買う、買わないで喧嘩になって、息子を殴ったおじいちゃん。のニュース。すごくね?Mちゃん。


以上。

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初スイーツバイキング。

甘いものってなんでこう、幸せになるんだろう。